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半七捕物帳
はんしちとりものちょう
作品ID1001
副題12 猫騒動
12 ねこそうどう
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「時代推理小説 半七捕物帳(一)」 光文社時代小説文庫、光文社
1985(昭和60)年11月20日
入力者tatsuki
校正者山本奈津恵
公開 / 更新1999-07-24 / 2014-09-17
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 半七老人の家には小さい三毛猫が飼ってあった。二月のあたたかい日に、私がぶらりと訪ねてゆくと、老人は南向きの濡縁に出て、自分の膝の上にうずくまっている小さい動物の柔らかそうな背をなでていた。
「可愛らしい猫ですね」
「まだ子供ですから」と、老人は笑っていた。「鼠を捕る知恵もまだ出ないんです」
 明るい白昼の日が隣りの屋根の古い瓦を照らして、どこやらで猫のいがみ合う声がやかましく聞えた。老人は声のする方をみあげて笑った。
「こいつも今にああなって、猫の恋とかいう名を付けられて、あなた方の発句の種になるんですよ。猫もまあこの位の小さいうちが一番可愛いんですね。これが化けそうに大きくなると、もう可愛いどころか、憎らしいのを通り越して何だか薄気味が悪くなりますよ。むかしから猫が化けるということをよく云いますが、ありゃあほんとうでしょうか」
「さあ、化け猫の話は昔からたくさんありますが、嘘かほんとうか、よく判りませんね」と、わたしはあいまいな返事をして置いた。相手が半七老人であるから、どんな生きた証拠をもっていないとも限らない。迂濶にそれを否認して、飛んだ揚げ足を取られるのも口惜しいと思ったからであった。
 しかし老人もさすがに猫の化けたという実例を知っていないらしかった。彼は三毛猫を膝からおろしながら云った。
「そうでしょうね。昔からいろいろの話は伝わっていますが、誰もほんとうに見たという者はないんでしょうね。けれども、わたしはたった一度、変なことに出っくわしましたよ。なに、これもわたしが直接に見たという訳じゃないんですけれど、どうも嘘じゃないらしいんです。なにしろ其の猫騒動のために人間が二人死んだんですからね。考えてみると、恐ろしいこってす」
「猫に啖い殺されたのですか」
「いや、啖い殺されたというわけでもないんです。それが実に変なお話でね、まあ、聴いてください」
 いつまでも膝にからみ付いている小猫を追いやりながら、老人はしずかに話し出した。

 文久二年の秋ももう暮れかかって、芝神明宮の生姜市もきのうで終ったという九月二十二日の夕方の出来事である。神明の宮地から遠くない裏店に住んでいるおまきという婆さんが頓死した。おまきは寛政申年生まれの今年六十六で、七之助という孝行な息子をもっていた。彼女は四十代で夫に死に別れて、それから女の手ひとつで五人の子供を育てあげたが、総領の娘は奉公先で情夫をこしらえて何処へか駈け落ちをしてしまった。長男は芝浦で泳いでいるうちに沈んだ。次男は麻疹で命を奪られた。三男は子供のときから手癖が悪いので、おまきの方から追い出してしまった。
「わたしはよくよく子供に運がない」
 おまきはいつも愚痴をこぼしていたが、それでも末っ子の七之助だけは無事に家に残っていた。しかも彼は姉や兄たちの孝行を一人で引き受けたかのように、肩揚げのおりないう…

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