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雨の夜
あめのよ
作品ID1043
著者樋口 一葉
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆43 雨」 作品社
1986(昭和61)年5月25日
入力者加藤恭子
校正者浦田伴俊
公開 / 更新2000-08-19 / 2014-09-17
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 庭の芭蕉のいと高やかに延びて、葉は垣根の上やがて五尺もこえつべし、今歳はいかなれば斯くいつまでも丈のひくきなど言ひてしを夏の末つかた極めて暑かりしに唯一日ふつか、三日とも数へずして驚くばかりに成ぬ、秋かぜ少しそよ/\とすれば端のかたより果敢なげに破れて風情次第に淋しくなるほど雨の夜の音なひこれこそは哀れなれ、こまかき雨ははら/\と音して草村がくれ鳴こほろぎのふしをも乱さず、風一しきり颯と降くるは彼の葉にばかり懸るかといたまし。雨は何時も哀れなる中に秋はまして身にしむこと多かり、更けゆくまゝに灯火のかげなどうら淋しく、寝られぬ夜なれば臥床に入らんも詮なしとて小切れ入れたる畳紙とり出だし、何とはなしに針をも取られぬ、未だ幼なくて伯母なる人に縫物ならひつる頃、衽先、褄の形など六づかしう言はれし、いと恥かしうて是れ習ひ得ざらんほどはと家に近き某の社に日参といふ事をなしける、思へば夫れも昔し成けり、をしへし人は苔の下になりて習ひとりし身は大方もの忘れしつ、斯くたまさかに取出るにも指の先こわきやうにて、はか/″\しうは得も縫ひがたきを、彼の人あらば如何ばかり言ふ甲斐なく浅ましと思ふらん、など打返し其むかしの恋しうて無端に袖もぬれそふ心地す、遠くより音して歩み来るやうなる雨、近き板戸に打つけの騒がしさ、いづれも淋しからぬかは。老たる親の痩せたる肩もむとて、骨の手に当りたるも斯る夜はいとゞ心細さのやるかたなし。



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