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人外魔境
じんがいまきょう
副題05 水棲人
05 インコラ・パルストリス
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「人外魔境」 角川文庫、角川書店
1978(昭和53)年6月10日
入力者笠原正純
校正者大西敦子
公開 / 更新2000-09-15 / 2014-09-17
長さの目安約 42 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

リオの軽口師

 折竹孫七が、ブラジル焼酎の“Pinga”というのを引っさげて、私の家へ現われたのが大晦日の午後。さては今日こそいよいよ折竹め秘蔵のものを出すな。このブラジル焼酎を飲りながらアマゾン奥地の、「神にして狂う」河の話をきっとやるだろう……と私は、しめしめとばかりに舌なめずりをしながら、彼の開口を待ったのである。
 ところが、その予想ががらっと外れ、意外や、題を聴けば「水棲人」。私も、ちょっと暫くは聴きちがいではないかと思ったほどだ。
 「君、そのスイセイとは、水に棲むという意味かね」
 「そうとも」と彼は平然と頷く。しかし、人類にして水棲の種族とは、いかになんでもあまりに与太すぎる。こっちが真面目なだけに腹もたってくる。
 「おいおい、冗談もいい加減にしろ」と、私もしまいにはたまらなくなって、言った。「人間が、蛙や膃肭獣じゃあるまいし、水に棲めるかってんだ。サアサア、早いところ本物をだしてくれ」
 すると、折竹はそれに答えるかわりに、包みをあけて外国雑誌のようなものを取りだした。Revistra Geografica Americana――アルゼンチン地理学協会の雑誌だ。それを折竹がパラパラとめくって、太い腕とともにグイと突きだしたページには、なんと、“Incola palustris”沼底棲息人と明白にあるのだ。私は、折竹の爆笑を夢の間のように聴きながら、しばしは茫然たる思い。
 「ハハハハハ、魔境やさんが、驚いてちゃ話にもならんじゃないか。どれ、この坊やをおろして、本式に話すかね」
 折竹の膝には、私の子の三つになるのが目を瞠っている。ターザンのオジサンという子供の人気もの――折竹にはそういう反面もある。童顔で、いまの日本人には誰にもないような、茫乎とした大味なところがある。それに加えて、細心の思慮、縦横の才を蔵すればこそ、かの世界の魔境未踏地全踏破という、偉業の完成もできたわけだ。その第五話の「水棲人」とは?……折竹がやおら話しはじめる。
 「ところで、これは僕に偶然触れてきたことなんだ。『神にして狂う』河攻撃の計画の疎漏を、僕が指摘したので一年間延びた。そのあいだ、ぶらぶらリオ・デ・ジャネイロで遊んでいるうちに、偶然『水棲人』に招きよせられるような、運命に捲きこまれることになった。
 えっ、その水棲人とはどこにいるって[#挿絵] まあまあ、急かせずにブラジル焼酎でも飲んでだね、リオの秋の四月から聴きたまえ」
       *
 リオの、軟微風とはブラジル人の自慢――。
 棕梠花のにおいと、入江の柔かな鹹風とがまじった、リオの秋をふく薫風の快よさ。で今、東海岸散歩道の浮カフェーからぶらりと出た折竹が、折からの椰子の葉ずれを聴かせるその夕暮の風を浴びながら、雑踏のなかを丘通りのほうへ歩いてゆく。その通りには、「恋鳩」「処女林」と、一等船客級を…

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