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狂人は笑う
きょうじんはわらう
作品ID1075
著者夢野 久作
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集8」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年1月22日
入力者柴田卓治
校正者ちはる
公開 / 更新2000-09-30 / 2014-09-17
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

青ネクタイ


「ホホホホホホホ……」
 だって可笑しいじゃありませんか。
 ……妾はねえ。失恋の結果世を儚なみて、何度も何度も自殺しかけたんですってさあ。
 いいえ。妾は知らないの。そんな事をした記憶はチットも無いのよ。初めっから失恋なんかしやしないわ。第一相手がわからないじゃないの……ねえ。可笑しいでしょう。ホホホホホホ……。
 それあ変なのよ。女学校を出てからというもの毎日毎日お土蔵の二階の牢屋みたいな処に閉じ込められて、一足も外へ出ちゃいけないって云い渡されていたの。何故だかよくわからないけど……おまけに着物も何も取上げられちゃって、妾ほんとうに極りが悪かったわ。着物を引裂いて首を縊るからですってさあ。妾はもう情なくて情なくて………。
 御飯を持って来てくれるのは乳母だけなの。お父さんは妾が生れない前にお亡くなりになるし、お母さんも妾をお生みになると直ぐに、どこかへ行っておしまいになったんですって……。ですから妾は、その頃まで独身者で、お金を貸していた叔父さんの手に引き取られて、その乳母のお乳で育ったのよ。それあいい乳母だったの……。
 その乳母が、妾が小さい時に持っていた、可愛らしい裸体のお人形さんを持って来てくれた時の嬉しかったこと……。
 ……まあ。お前は今までどこに隠れていたの。お母様と一緒に遠い処へ行っていたの。よくまあ無事で帰って来てくれたのね……ってそう云って頬ずりをして泣いちゃったのよ。そうして妾は、それからというもの、毎日毎日来る日も来る日も、そのお人形さんとばっかりお話していたの。お母様のことだの、お友達のことだの、先生の事だの……それあ温柔しい、可愛らしい、お利口な、お人形さんだったのよ。
 そうしたらね。そうしたら或る夕方のことよ……。
 お土蔵の鼠が、そのお人形さんのお腹を喰い破っちゃったの。そうして中から四角い、小さな新聞紙の切れ端を引き出したのよ。妾がチャンと抱っこしていたのに……ええ。そうなのよ。そのお人形さんのお腹の壊れた処を新聞で貼って、その上から丈夫な日本紙で貼り固めて在ったの。それが剥がれて出て来たの。大方鼠がその糊を喰べようと思って引き出したのでしょう。可哀そうにねえ。
 妾その時ドレ位泣いたか知れやしないわ。そうしてね、余り可哀そうですから、頂き残りの御飯粒で、モト通りに貼ってやりましょうと思った序に、何の気も無しに、その切端の新聞記事を読んでみたらビックリしちゃったの。妾、今でも暗記してるわ……あんまり口惜しかったから……。
 こうなのよ……。
 ……彼女は遂に発狂して、叔父の家の倉庫の二階に監禁さるるに到った。ここに於て彼女を愛していた名探偵青ネクタイ氏は憤然として起ち、この事実の裏面を精探すると、驚くべき真相が暴露した。すなわち強慾なる彼女の叔父は、彼女の母親の財産を横領せむがため、窃かに彼女の母親を…

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