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空を飛ぶパラソル
くうをとぶパラソル
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「夢野久作全集4」 ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年9月24日
入力者柴田卓治
校正者しず
公開 / 更新2000-09-26 / 2014-09-17
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

その一 空を飛ぶパラソル

 水蒸気を一パイに含んだ梅雨晴れの空から、白い眩しい太陽が、パッと照り落ちて来る朝であった。
 ちょうど農繁期で、地方新聞の読者がズンズン減って行くばかりでなく、新聞記事の夏枯れ季節に入りかけた時分なので、私のいる福岡時報は勿論のこと、その他の各社とも何かしら読者を惹き付ける大記事は無いか……洪水は出ないか……炭坑は爆発しないか……どこかに特別記事は転がっていないか……と鵜の目鷹の目になっていた。そんなようなタヨリナイ苛立たしい競争の圧迫を、編輯長と同じ程度に感じていた遊撃記者の私は、ツイこの頃、九大工学部に起ったチョットした事件を物にすべく、福岡市外筥崎町の出外れに在る赤煉瓦の正門を、ブラリブラリと這入りかけていたのであったが、あんまり暑いので、阿弥陀にしていた麦稈帽子を冠り直しながら、何の気もなく背後をふり帰ると、ハッとして立ち止まった。
 工学部の正門前は、広い道路を隔てて、二三里の南に在る若杉山の麓まで、一面の水田になっていて、はてしもなく漲り輝く濁水の中に、田植笠が数限りなく散らばっている。その田の中の畦道を、眼の前の道路から一町ばかり向うの鉄道線路まで、パラソルを片手に捧げて、危なっかしい足取りで渡って行く一人の盛装の女がいる。
 そのパラソルは一口に云えば空色であるが、よく見ると群青と、淡紅色の、ステキに派手なダンダラ模様であった。小倉縮らしいハッキリした縞柄の下から、肉付きのいい手足と、薄赤いものを透きとおらして、左手にビーズ入りのキラキラ光るバッグを提げて、白足袋に、表付きの中歯の下駄を穿いていたが、霖雨でぬかるむ青草まじりの畦道を、綱渡りをするように、ユラユラと踊りながら急いで行くと、オールバックの下から見える、白い首すじと手足とが、逆光線を反射しながら、しなやかに伸びたり縮んだりする。その都度に、華やかな洋傘の尖端が、大きい、小さい円や弧を、空に描いて行くのであった。
 そこいらの田に蠢めいていた田植笠が、一つ二つ持ち上って、不思議そうにその女の姿に見惚れはじめた。……と見るうちに、左手の地蔵松原の向うから、多々羅川の鉄橋を渡って、右手の筥崎駅へ、一直線に驀進して来る下り列車の音が、轟々と近づいて来る気はいである。それにつれて女の足取りも、心持ち小刻みに急ぎ始めたように見えた……。
 ……私は今一度ハッと胸を躍らした。思わず、
「……止めろッ……轢死だッ……」
 と叫びかけたが、その次の瞬間に私は又、グッと唾を[#「唾を」は底本では「睡を」]嚥み込んだ。……これは新聞記事になるな……と思った次の瞬間にはもう正門前の道路を、女の行く畦道と直角の方向に引返していた。
 そうしてその取付きの百姓家の蔭から、田に添うた桑畑の若い葉の間を、女と並行した方向に曲り込むと、急に身を伏せて、獲物を狙う獣のように、線路の方へ走…

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