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咲いてゆく花
さいてゆくはな
作品ID1092
著者素木 しづ
文字遣い新字新仮名
底本 「北海道文学全集 第四巻」 立風書房
1980(昭和55)年4月10日
入力者小林徹
校正者大西敦子
公開 / 更新2000-09-16 / 2014-09-17
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 少女は、横になって隅の方に――、殆ど後から見た時にはランプの影になって、闇がどうしてもその本の表を見せまいと思われる所で、一心になって小説をよみふけっていた。
 明日からつゞく夏休の安らかさと、大きな自由との為めに、少女は[#「少女は」は底本では「小女は」]いま心一っぱいに、小説のなかの[#「なかの」は底本では「なかのかの」]かなしいなつかしい少年とその家庭とについていつまでもいつまでも涙ぐむことが出来るのだった。そして自分の現在のすべてを幻のようにとかし込んで、夢のような息をはいていた。
 おなじ部屋のランプの光りの中心には、中学に行ってる少女の兄と、その友だちが横になってこれから行わるべきボールのマッチのことについて話し合っていた。そして御互に青年だちは、その息も聞えないような少女について考えなかったし、また少女も小さな彼女の身体によって作られた闇のなかに封じられてしまったように、ランプの光りの方に振り向うとも、彼等の話しに耳をかたむけようともしなかった。
『おヤ、君の妹はあんな所で本をよんでるの。』
 不意に一人の友だちが隅の方に頁をまくる音を聞いて云った。
『うん、そうだろう。』彼女の兄も同時に、隅の方を見た。
『本をよみ出すとまるで狂人でね。側で悪口を云っても聞えないんだから。』兄は嬉しそうに笑った。
『目が悪くなるよ。』とそれからまた声をかけた。少女は、ふと器械的に振り向いて微笑した。しかし誰れの顔も網膜にうつらなかった。只、明るさがまぶしく目についたばかりであった。そしてまたすぐ、彼女は暗いかなしいまぼろしにつゝまれてしまった。
 その夜、おそく少女は自分の部屋の寝床のなかに入った。そして彼女が夢に入ってゆく時、寝床が軽く空に持ち上げられるような気がした。少女は、その夜夢を見た。
 そこは、少女の記憶に、植物園らしかった。少女は、赤い花をほしいと、一生懸命に前から歩いていた。しかし少女の歩いてる所にはなんの花も咲いてなくって、道の色は白かった。けれどもやがて彼女は遠い所に、赤い点のようなものを見つけていそいだ。そして、小さなダリヤの花を一本見つけた。それで、彼女はいそいで折り取ろうとすると、その花は見るうちに驚くほど大きくなって、牡丹のはなのようにくずれてしまった。おどろいて手を引くと、ずっと前にも前にも赤い花が一ぱいにつらなって咲いている。そしてそれが焔のようにくずれては燃えてるのだ。
 少女は、おどろいて茫然たってしまった。すると、彼女は足元から蒸すような熱さを感じて、めまいがすると、そのまゝくら/\と倒れようとした。
 翌朝、ほのかな暁の光りと共に、少女は夢を忘れてしまった。そして北国の晴涼な、静寂な、夏休の第一日目の暁を、少女は常のように楽しい安らかな夢から、白い床の上に一人目覚めた。そして、朝の鮮らしい、光りに対する歓喜の為めに、無…

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