えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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草あやめ
くさあやめ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆1 花」 作品社
1983(昭和58)年2月25日
入力者真先芳秋
校正者kazuishi
公開 / 更新2001-03-03 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二丁目の我が借家の地主、江戸児にて露地を鎖さず、裏町の木戸には無用の者入るべからずと式の如く記したれど、表門には扉さへなく、夜が更けても通行勝手なり。但知己の人の通り抜け、世話に申す素通りの無用たること、我が思もかはらず、然りながらお附合五六軒、美人なきにしもあらずと雖も、濫に垣間見を許さず、軒に御神燈の影なく、奥に三味の音の聞ゆる類にあらざるを以て、頬被、懐手、湯上りの肩に置手拭などの如何はしき姿を認めず、華主まはりの豆府屋、八百屋、魚屋、油屋の出入するのみ。
 朝まだきは納豆売、近所の小学に通ふ幼きが、近路なれば五ツ六ツ袂を連ねて通る。お花やお花、撫子の花や矢車の花売、月の朔日十五日には二人三人呼び以て行くなり。やがて足駄の歯入、鋏磨、紅梅の井戸端に砥石を据ゑ、木槿の垣根に天秤を下ろす。目黒の筍売、雨の日に蓑着て若柳の台所を覗くも床しや。物干の竹二日月に光りて、蝙蝠のちらと見えたる夏もはじめつ方、一夕、出窓の外を美しき声して売り行くものあり、苗や玉苗、胡瓜の苗や茄子の苗と、其の声恰も大川の朧に流るゝ今戸あたりの二上りの調子に似たり。一寸苗屋さんと、窓から呼べば引返すを、小さき木戸を開けて庭に通せば、潜る時、笠を脱ぎ、若き男の目つき鋭からず、頬の円きが莞爾莞爾して、へい/\召しましと荷を下ろし、穎割葉の、蒼き鶏冠の、いづれも勢よきを、日に焼けたる手して一ツ一ツ取出すを、としより、弟、またお神楽座一座の太夫、姓は原口、名は秋さん、呼んで女形といふ容子の可いのと、皆縁側に出でて、見るもの一ツとして欲しからざるは無きを、初鰹は買はざれども、昼のお肴なにがし、晩のお豆府いくらと、先づ帳合を〆めて、小遣の中より、大枚一歩が処、苗七八種をずばりと買ふ、尤も五坪には過ぎざる庭なり。
 隠元、藤豆、蓼、茘枝、唐辛、所帯の足と詈りたまひそ、苗売の若衆一々名に花を添へていふにこそ、北海道の花茘枝、鷹の爪の唐辛、千成りの酸漿、蔓なし隠元、よしあしの大蓼、手前商ひまするものは、皆玉揃ひの唐黍と云々。
 朝顔の苗、覆盆子の苗、花も実もある中に、呼声の仰々しきが二ツありけり、曰く牡丹咲の蛇の目菊、曰くシヽデンキウモン也。愚弟直に聞き惚れて、賢兄お買ひな/\と言ふ、こゝに牡丹咲の蛇の目菊なるものは所謂蝦夷菊也。これは……九代の後胤平の、……と平家の豪傑が名乗れる如く、のの字二ツ附けたるは、売物に花の他ならず。シヽデンキウモンに至りては、其の何等の物なるやを知るべからず、苗売に聞けば類なきしをらしき花ぞといふ、蝦夷菊はおもしろし、其の花しをらしといふに似ず、厳しくシヽデンキウモンと呼ぶを嘲けるにあらねど、此の二種、一歩の外、別に五銭なるを如何せん。
 然れども甚六なるもの、豈夫白銅一片に辟易して可ならんや。即ち然り気なく、諭して曰く、汝若輩、シヽデンキウモンに私淑したりや、金毛九尾ぢや…

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