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旅僧
たびそう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 卷二」 岩波書店
1942(昭和17)年9月30日
入力者土屋隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2005-11-18 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 去にし年秋のはじめ、汽船加能丸の百餘の乘客を搭載して、加州金石に向ひて、越前敦賀港を發するや、一天麗朗に微風船首を撫でて、海路の平穩を極めたるにも關はらず、乘客の面上に一片暗愁の雲は懸れり。
 蓋し薄弱なる人間は、如何なる場合にも多くは己を恃む能はざるものなるが、其の最も不安心と感ずるは海上ならむ。
 然れば平日然までに臆病ならざる輩も、船出の際は兎や角と縁起を祝ひ、御幣を擔ぐも多かり。「一人女」「一人坊主」は、暴風か、火災か、難破か、いづれにもせよ危險ありて、船を襲ふの兆なりと言傳へて、船頭は太く之を忌めり。其日の加能丸は偶然一人の旅僧を乘せたり。乘客の暗愁とは他なし、此の不祥を氣遣ふにぞありける。
 旅僧は年紀四十二三、全身黒く痩せて、鼻隆く、眉濃く、耳許より頤、頤より鼻の下まで、短き髭は斑に生ひたり。懸けたる袈裟の色は褪せて、法衣の袖も破れたるが、服裝を見れば法華宗なり。甲板の片隅に寂寞として、死灰の如く趺坐せり。
 加越地方は殊に門徒眞宗、歸依者多ければ、船中の客も又門徒七八分を占めたるにぞ、然らぬだに忌はしき此の「一人坊主」の、別けて氷炭相容れざる宗敵なりと思ふより、乞食の如き法華僧は、恰も加能丸の滅亡を宣告せむとて、惡魔の遣はしたる使者としも見えたりけむ、乘客等は二人三人、彼方此方に額を鳩めて呶々しつゝ、時々法華僧を流眄に懸けたり。
 旅僧は冷々然として、聞えよがしに風説して惡樣に罵る聲を耳にも入れざりき。
 せめては四邊に心を置きて、肩身を狹くすくみ居たらば、聊か恕する方もあらむ、遠慮もなく席を占めて、落着き澄したるが憎しとて、乘客の一人は衝と其の前に進みて、
「御出家、今日の御天氣は如何でせうな。」
 旅僧は半眼に閉ぎたる眼を開きて、
「さればさ、先刻から降らぬから、お天氣でござらう。」と言ひつゝ空を打仰ぎて、
「はゝあ、是はまた結構なお天氣で、日本晴と謂ふのでござる。」
 此の暢氣なる答を聞きて、渠は呆れながら、
「そりや、誰だつて知つてまさ、私は唯急に天氣模樣が變つて、風でも吹きやしまいかと、其をお聞き申すんでさあ。」
「那樣事は知らぬな。私は目下の空模樣さへお前さんに聞かれたので、やつと氣が着いたくらゐぢやもの。いや又雨が降らうが、風が吹かうが、そりや何もお天氣次第ぢや、此方の構ふこツちや無いてな。」
「飛んだ事を。風が吹いて耐るもんか。船だ、もし、私等御同樣に船に乘つて居るんですぜ。」
 と渠は良怒を帶びて聲高になりぬ。旅僧は少しも騷がず、
「成程、船に居て暴風雨に逢へば、船が覆るとでも謂ふ事かの。」
「知れたこツたわ。馬鹿々々しい。」
 渠の次第に急込むほど、旅僧は益す落着きぬ。
「して又、船が覆れば生命を落さうかと云ふ、其の心配かな。いや詰らぬ心配ぢや。お前さんは何か(人相見)に、水難の相があるとでも言はれたことがあります…

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