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悪魔の舌
あくまのした
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「村山槐多全集」 彌生書房
入力者小林徹
校正者山本奈津恵
公開 / 更新1999-01-23 / 2014-09-17
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   (一)

 五月始めの或晴れた夜であつた。十一時頃自分は庭園で青い深い天空に見入つて居ると突然門外に当つて『電報です。』と云ふ声がする。受取つて見ると次の数句が記されてあつた、『クダンサカ三〇一カネコ』『是は何だらう。三〇一と云ふのは。』実に妙に感じた。金子と云ふのは友人の名でしかも友人中でも最も奇異な人物の名であるのだ。『彼奴は詩人だから又何かの謎かな。』自分は此不思議な電報紙を手にして考へ始めた。発信時刻は十時四十五分、発信局は大塚である。どう考へても解らない。が兎に角九段坂まで行つて見る事にし着物を着更へて門を出た。
 吾住居から電車線路までは可成りある。その道々自分はつくづくと金子の事を考へた。丁度二年前の秋、自分は奇人ばかりで出来て居る或宴会へ招待された際、彼金子鋭吉と始めて知合になつたのであつた。彼は今年二十七歳だから其時は二十五歳の青年詩人であつたが、其風貌は著るしく老けて見え、その異様に赤つぽい面上には数条の深い頽廃した皺が走つて居、眼は大きく青く光り、鼻は高く太かつた。殊に自分が彼と知己になるに至つた理由は其唇にあつた。宴会は病的な人物ばかりを以て催された物であつたから、何れの来会者を見ても、異様な感じを人に与へる代物ばかりで、知らない人が見たら悪魔の集会の如く見えたのであるが、其中でも殊に此青年詩人の唇が自分には眼に着いた。
 彼は丁度真向に居たから、自分は彼を思ふ存分に観察し得た。実に其唇は偉大である。まるで緑青に食はれた銅の棒が二つ打つつかつた様である。そして絶えずびく/\動いて居る。食事をする時は更に壮観である。熱い血の赤色がかつた其銅棒に閃めくと、それは電光の如く上下に開いて食物を呑み込むのである。実にかゝる厚い豊麗な唇を持つた人を見た事のない自分は、思はず暫らく我を忘れて其人の食事の有様に見惚れた。突然恐ろしい彼の眼はぎろつと此方を向いた。すつくと立ち上つて彼はどなつた。『おい君は何故そうじろじろと俺の顔ばかり見るんだい。』『うん、どうもすまなかつた。』我にかへつて斯う云ふと彼は再び坐した。『人にじろ/\見られるのは兎に角気持が善くないからな、君だつてさうだらう。』斯う云つて彼はビールの大杯をぐつと呑み乾して、輝かしい眼で自分を見た。『さうだつた、僕はだが君の容貌に或興味を感じた物だから。』『有難くないね、俺の顔がどうにしろ君の知つた事ではあるまいではないか。』彼は不機嫌な様子であつた。『まあ怒るな仲直りに呑まう。』かくして彼金子鋭吉と自分とは相知るに至つたのである。
 彼は交れば交る程奇異な人物であつた。相当の資産があり父母兄弟なく独りぼつちで居る。学校は種々這入つたが一も満足に終へなかつた。それ等の経歴は話す事を厭がつて善く解らないが要するに彼は一詩人となつた。彼はまつたく秘密主義で自分の家へ人の来る事を大変厭がるから…

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