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電気風呂の怪死事件
でんきぶろのかいしじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」 三一書房
1990(平成2)年10月15日
初出「新青年」博文館、1928(昭和3)年4月号
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-08-05 / 2014-09-18
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     1


 井神陽吉は風呂が好きだった。
 殊に、余り客の立て混んでいない昼湯の、あの長閑な雰囲気は、彼の様に所在のない人間が、贅沢な眠から醒めたのちの体の惰気を、そのまま運んでゆくのに最も適した場所であった。
 それに、昨日今日の日和に、冬の名残が冷んやりと裸体に感ぜられながらも、高い天井から射し込む眩しい陽光を、恥しい程全身に浴びながら、清澄な湯槽にぐったりと身を横えたりする間の、疲れというか、あの一味放縦な陶酔境といったものは、彼にとって、ちょっと金で買えない娯しみであったのだ。
 陽吉の行きつけの風呂は、ちゃんと向井湯という屋号があった。が、近頃大流行の電気風呂を取りつけてあるところから、一般に電気風呂と称ばれていた。
「電気風呂はよく温るね」などと、とにかく珍しもの好きの人気を博することは非常なものであったが、その反対に、入るとピリピリと感電するのを気味悪がる人々は、それを嫌って、わざわざ遠廻りしてまで他所の風呂へ行くといった様に、勢い、それは好き好きのことではあるけれど、噂で持ちきっていたものである。
 では、陽吉はどうかというと、決してその電気風呂が好きというのではなかった。ただ、元来無精な所から、何も近所にあるものを嫌ってまで、遠くの風呂へ行くにも及ぶまいじゃないかといった点で、別に是非をつけてはいなかったのである。
 尤も、何時であったか、彼の友人で電気技師を職としている茂生というのと一緒に入った時、ひょいとした感じで、ちょっと不安を覚えたので、訊ねてみたことがあった。
「どうだい、この電気風呂って奴は、入浴中に人間が死ぬ様なことはないものかね?」
 すると、茂生は、何か他のことでも考えていたのか、はっとした様な態度で、しかしこう答えたものだ。
「さあ、大体大丈夫だがね、しかしどうかした拍子で電気が強くなると、心臓をやられることもあるだろうね。人間の中でも電気に感じ易い人と、感じの鈍い人とあるものだからね。同じ人間でも身体の調子によって、感じ易い日と、感じにくい日とがあるものだよ。とにかく、疲れ過ぎたり、昂奮していたり、酒を呑んでいたりして心臓が弱っている時には、電気風呂など止めた方がいいよ。そりゃ普通はそんなこと滅たに、いや絶対といってもいい位、ありゃしないがね。また死ぬかも知れないような危険なものを、許可しとく筈があるまいじゃないか、まあ、安心していいだろうよ」と。――
 だから、今日も、彼は例日のように、いや、むしろ今日は進んでこの電気風呂へやって来たのだった。というのは、前夜、銀座あたりを晩くまでのそのそとほっつき歩いた疲労から、睡眠も思ったより貪り過ぎたためか、妙に今朝の寝醒めはどんよりとしていたので、匆々タオルと石鹸を持って飛び込んで来たのだった。
 めっきり、暖い午前なので、浴室には何時ものように水蒸気も立ち罩めてはい…

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