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恐しき通夜
おそろしきつや
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」 三一書房
1990(平成2)年10月15日
初出「新青年」1931(昭和6)年12月号
入力者tatsuki
校正者ペガサス
公開 / 更新2002-11-09 / 2014-09-17
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より





「一体どうしたというんだろう。大変に遅いじゃないか」
 眉を顰めて、吐きだすように云ったのは、赭ら顔の、でっぷり肥った川波船二大尉だった。窓の外は真暗で、陰鬱な冷気がヒシヒシと、薄い窓硝子をとおして、忍びこんでくるのが感じられた。
「ほう、もう八時に二分しか無いね。先生、また女の患者にでも掴ってんのじゃないか」
 腕時計の硝子蓋を、白い実験着の袖で、ちょいと丸く拭いをかけて、そう皮肉ったのは白皙[#底本では「白晢」]長身の理学士星宮羊吾だった。
 これは第三航空試験所の一部、室内には二人の外誰も見えない。だがこの二十坪ばかりの実験室には、所も狭いほど、大きな試験台や、金具がピカピカ光る複雑な測定器や、頑丈な鉄の枠に囲れた電気機械などが押しならんでいて、四面の鼠色の壁体の上には、妖怪の行列をみるようなグロテスク極まる大きい影が、匍いのぼっているのだった。
「キ、キ、キ、キキキッ」
 ああ厭な鳴き声だ。
 ホト、ホトと、入口の重い扉の叩かれる音。二人は、顔を見合わせた。
 クルクルと把手の廻る音がして、扉がしずかに開く。そのあとから、ソッと顔が出た。
 色の浅ぐろい、苦味の走ったキリリとした顔の持ち主――大蘆原軍医だった。
 室内の先客である川波大尉と星宮理学士との二人が、同時にハアーッと溜息をつくと、同時に言葉をかけた。
「遅いじゃないか。どうしたのか」と大尉。
「あまり静かに入ってきたので、また気が変な女でもやってきたのかと思ったよ。ハッハッハッ」と星宮理学士が、作ったような笑い方をした。
「いや、遅くなった。患者が来たもんで(と、『患者』という言葉に力を入れて発音しながら)手間がとれちまった。だが、お詫びの印に、お土産を持ってきたよ、ほら……」
 そういって大蘆原軍医は、入口のところで何やら笊の中に盛りあがった真黒なものを、さしあげてみせた。
「何じゃ、それは……」
「栄螺じゃよ、今日の徹夜実験の記念に、僕がうまく料理をして、御馳走をしてやるからね」大蘆原軍医はそう云ってから、笊の中から、一番大きな栄螺を掴みあげると、二人のいる卓上のところまで持ってきた。磯の香がプーンと高く、三人の鼻をうった。すばらしく大きい、獲れたばかりと肯かれる新鮮な栄螺だった。
「大きな栄螺じゃな」と大尉は喜んだ。
「軍医殿は、人間のお料理ばかりかと思っていたら、栄螺のお料理も、おたっしゃなんだね」と、星宮理学士が野次った。
 そこで三人の間にどっと爆笑が起った。だが反響の多いこの室内の爆笑は大変賑かだったが、一旦それが消えてしまうとなると、反動的に、墓場のような静寂がヒシヒシと迫ってくるのだった。
「キキキッ」
 とまた鳴いた。
「可哀想に、鳴いているな」そう云って大蘆原軍医は、大きい鉄枠のなかを覗きこんだ。そこには大きな針金で拵えた籠があって、よく肥ったモルモットが三…

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