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空襲葬送曲
くうしゅうそうそうきょく
作品ID1240
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」 三一書房
1990(平成2)年10月15日
初出「朝日」1932(昭和7)年5月~9月号
入力者tatsuki
校正者kazuishi
公開 / 更新2007-02-18 / 2014-09-21
長さの目安約 194 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   父の誕生日に瓦斯マスクの贈物


「やあ、くたびれた、くたびれた」家中に響きわたるような大声をあげて、大旦那の長造が帰って来た。
「おかえりなさいまし」お内儀のお妻は、夫の手から、印鑑や書付の入った小さい折鞄をうけとると、仏壇の前へ載せ、それから着換えの羽織を衣桁から取って、長造の背後からフワリと着せてやった。「すこし時間がおかかりなすったようね」
「ウン。――」長造は、言おうか言うまいかと、鳥渡考えたのち「こう世間が不景気で萎びちゃっちゃあ、何もかもお終いだナ」
「また、いい日が廻ってきますよ、あなた」お妻は、夫の商談がうまく行かなかったらしいのを察して、慰め顔に云った。
「……」長造は、無言で長火鉢の前に胡座をかいた「おや、ミツ坊が来ているらしいね」
 小さい毛糸の靴下が、伸した手にひっかかった――白梅の入った莨入の代りに。
「いま、かアちゃんと、お湯に入ってます。一時間ほど前に、黄一郎と三人連れでやって来ました」
「ほう、そうか、この片っぽの靴下、持ってってやれ。喜代子に、よく云ってナ、春の風邪は、赤ン坊の生命取りだてえことを」
「それが、あの児、両足をピンピン跳ねて直ぐ脱いでしまうのでね、あなた今度見て御覧なさい、そりゃ太い足ですよ、胴中と同じ位に太いんです」
「莫迦云いなさんな、胴中と足とが、同じ位の太さだなんて」
「お祖父さんは、見ないから嘘だと思いなさるんですよ。どれ持ってってやりましょう」
 お妻は、掌の上に、片っぽの短い靴下を、ブッと膨らませて載せた。それがお妻には、まるでおもちゃの軍艦の形に見えた。
「おい、あのなには……」と長造はお妻を呼び止めた。
「弦三はもう帰っているかい」
「弦三は、アノまだですが、今朝よく云っときましたから、もう直ぐ帰ってくるに違いありませんよ」
「あいつ近頃、ちと帰りが遅すぎるぜ、お妻。もうそろそろ危い年頃だ」
「いえ、会社の仕事が忙しいって、云ってましたよ」
「会社の仕事が? なーに、どうだか判ったもんじゃないよ、この不景気にゴム工場だって同じ『ふ』の字さ。素六なんざ、お前が散々甘やかせていなさるようだが、今の中学生時代からしっかりしつけをして置かねえと、あとで後悔するよ」
「まア、今日はお小言デーなのね、おじいさん。ちと外のことでも言いなすったらどう? 貴郎の五十回目のお誕生日じゃありませんか」
「五十回目じゃないよ、四十九回目だよ」
「五十回目ですよ。おじいさん、五十になるとお年齢忘れですか、ホホホホ」
「てめえの頭脳の悪いのを棚にあげて笑ってやがる。いいかいおぎゃあと、生れた日にはお誕生祝はしないじゃないか、だから、五十から引く一で、四十九回さ」
「なるほど、そう云えば……」
「そう云わなくても四十九回、始終苦界さ。そこでこの機会に於て、遺言代りに、子沢山の子供の上を案じてやってるんだあナ」
「ま…

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