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爬虫館事件
はちゅうかんじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第2巻 俘囚」 三一書房
1991(平成3)年2月28日
初出「新青年」1932(昭和7)年10月号
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-07-15 / 2014-09-18
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     1


 前夜の調べ物の疲れで、もう少し寝ていたいところを起された私立探偵局の帆村荘六だった。
「お越し下すったのは、どんな方かね」
「ご婦人です」助手の須永が朗らかさを強いて隠すような調子で答えた。「しかも年齢の頃は二十歳ぐらいの方です」
(なにが、しかもだ)と帆村はパジャマの釦を一つ一つ外しながら思った。この手でも確かに目は醍る。……
「十分間お待ちねがうように申上げて呉れ」
「はッ。畏まりました」
 須永はチョコレートの兵隊のように、わざと四角ばって、帆村の寝室を出ていった。
 隣りの浴室の扉をあけ、クルクルと身体につけたものを一枚残らず脱ぎすてると、冷水を張った浴槽へドブンと飛び込み、しぶきをあげて水中を潜りぬけたり、手足をウンと伸したり、なんのことはない膃肭獣のような真似をすること三分、ブルブルと飛び上って強い髭をすっかり剃り落すのに四分、一分で口と顔とを洗い、あとの二分で身体を拭い失礼ならざる程度の洋服を着て、さて応接室の内扉をノックした。
 応接室の函のなかには、なるほど若い婦人が入っていた。
「お待たせしました。さあどうぞ」と椅子を進めてから、「早速ご用件を承りましょう」
「はァ有難とう存じます」婦人は帆村の切り出し方の余りに早いのにちょっと狼狽の色を見せたが、思いきったという風で、黒眼がちの大きい瞳を帆村の方に向け直した。その瞳の底には言いしれぬ憂いの色が沈んでいるようであった。「ではお話を申しあげますが、実は父が、突然行方不明になってしまったんでございます――。昨日の夕刊にも出たのでございますが、あたくしの父というのは、動物園の園長をして居ります河内武太夫でございます」
「ああ、貴女が河内園長のお嬢さんのトシ子さんでいらっしゃいますか」帆村は夕刊で、憂いに沈む園長の家族として令嬢トシ子(二〇)の写真を見た記憶があった。その記事は社会面に三段抜きで「河内園長の奇怪な失踪・動物園内に遺留された帽子と上衣」といったような標題がついていたように思う。
「はァ、トシ子でございます」と美しい眼をしばたたき、「ご存知でもございましょうが、私共の家は動物園の直ぐ隣りの杜の中にございまして、その失踪しました十月三十日の朝八時半に父はいつものように出て行ったのです。午前中は父の姿を見たという園の方も多いのでございますが、午後からは見たという方が殆んどありません。お午餐のお弁当を、あたくしが持って行きましたが、それはとうとう父の口に入らなかったのでした。正午にも事務所へ帰ってこないことを皆様不思議に思っていらっしゃいましたが、父は大分変り者の方でございまして、気が変るとよく一人でブラリと園を出まして、広小路の方まで行って寿司屋だのおでん屋などに飛び込み、一時半か二時にもなってヒョックリ帰園いたしますこともございますので、その日も多分いつもの伝だろうと…

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