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間諜座事件
かんちょうざじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第2巻 俘囚」 三一書房
1991(平成3)年2月28日
初出「日曜報知」1932(昭和7)年10月
入力者土屋隆
校正者田中哲郎
公開 / 更新2005-06-17 / 2014-09-18
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     1


 これは或るスパイ事件だ。
 ところで、これから述べてゆく其の物語の中には、日本人の名前ばかりが、ズラズラと出てくるのだが、読者諸君は、それ等を悉く真の日本人だと早合点されてはいけない。実はその間諜一味は××人なのである。本来ならば「丸木花作事本名張学霖は……」といった風に書くのが本当なのであるが、それを一々書くのが、煩しい程、××人が出てくることであるから、一つ思切って、味噌も糞も悉く日本人名前の方だけを書くことにした。
 どうかお読みになっている裡に、錯覚を起さないようにして戴きたいと、お願いして置く。さて――


     2


 霧の深い夕方だった。
 秘密警備隊員の笹枝弦吾は、定められた時刻が来たので、同志の帆立介次と肩を並べてS公園の脇をブラリブラリと歩き始めていた。もう冬と名のつく月に入ったのだったが、今夜はそう寒くもなかった。しかしこう霧が降りていては、連絡をとるのに稍困難を覚えた。その連絡員というのがうまく自分達を探しあてて呉れればいいが……。
「ウーイ、こらさのさッ――てんだ」
 向うから酔払いの声が聞える。顔も姿もまだ見えないが……。
 弦吾は肘でチョイと同志帆立の脇腹を突いた。
 ぬからず帆立が、
「ピ、ピーイ、ピッ……」
 とヴァレンシアのメロディーを口笛で吹き始める。
 ヒョロヒョロと、向うから人影が現れた。
 弦吾はツと帽子を被り直した。
 どおーン。
 酔払いが突き当った。
「ヤイ、ヤイ、ヤイッ」酔払いが呶鳴った。
「つッ突き当りやがって、挨拶をしねえとは何でえ。こッこの棒くい野郎奴」
「……」
「だッ黙ってるな。いよいよもう、勘弁ならねえ、こッ此の野郎ッ」
 どおーンと突き当ったのはいいが拳固を振り下ろすところを、ヒラリと転わされて、
「ぎゃーッ」
 と叫ぶと、酔漢は舗道の上に、長くのめった。
 弦吾と同志帆立とは、酔漢の頭を飛び越えると足早に猿江の交叉点の方へ逃げた。
 細い横丁を二三度あちこちへ折れて、飛びこんだのはアパートメントとは名ばかりの安宿の、その奥まった一室――彼等の秘密の隠れ家!
「どうだった?」入口の扉にガチャリと鍵をかけると、帆立が云った。
「ウン、これだ」
 弦吾は掌を開くと、小形のたばこやマッチを示した。酔払いから素早く手渡された秘密のマッチ箱だった。小指の尖で、中身をポンと落しメリメリと外箱を壊して裏をひっくりかえすと、弦吾はポケットから薬壜を出し、真黄な液体をポトリポトリとその上にたらした。果然、見る見る裡に蟻の匍っているような小文字が、べた一面に浮び出た。
 本部からの指令だった!


     3


 二人は、マッチ箱の裏に書かれた指令文を読み終ると、合わせていた額を離して、思わず互の顔を見合わせた。二人は一語も発しない。余程重大な指令と見える。
 その指令というのは――…

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