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ゴールデン・バット事件
ゴールデン・バットじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第2巻 俘囚」 三一書房
1991(平成3)年2月28日
初出「新青年」1933(昭和8)年10月号
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-07-10 / 2014-09-18
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     1


 あの夜更、どうしてあの寂しい裏街を歩いていたのかと訊かれると、私はすこし顔が赭くなるのだ。
 兎に角、あれは省線の駅の近所まで出て、円タクを拾うつもりで歩いていたのだった。連れが一人あった。帆村荘六なる男である。――例の素人探偵の帆村氏だった。
「君の好きらしい少女は、いつの間にやら居なくなったじゃないか」と帆村が云った。
「うむ――」
 私は丁度そのとき、道を歩きながら、その少女のことを胸に描いていたところだったので、ハッとした。あの薔薇の蕾のように愛らしい少女を、帆村に紹介かたがた引張りだした今夜の仕儀だった。それはこの場末の町にある一軒のカフェの女だった。カフェの女とは云いながら、カフェとは似合わぬ姫君のように臈たけた少女だった。
 そのカフェは、名前をゴールデン・バットという。入口に例の雌だか雄だか解らない二匹の蝙蝠が上下になって、ネオンサインで描き出してあった。一寸見たところでは、薄汚い極くありふれたカフェではあったが、私は何ということなく、最初に飛びこんだ夜から気に入ったのだった。それは一ヶ月も前のことだったろう。そのときは私一人だったのだが、その折のことはいずれ話さねばならぬから、後に譲るとして置いて、さて――
「今夜はコンディションが悪かったよ」と私は、半分は照れかくしに云った。
「そうでも無いさ。大いに面白かった」
「それにもう一人、君に是非紹介したいと思っていた女も休んでいやがってネ」
「うん、うん、君江――という女だネ」
「そうだ、君江だ。こいつと来たら、およそチェリーとは逆数的人物でネ」
「チェリーというのかい、あのミツ豆みたいな子は……」
「ミツ豆? ミツ豆はどうかと思うナ」(あわれ吾が薔薇の蕾よ)――
「え?」
「イヤ其の君江というのくらい、性能優れた女性はいないよ。その熱情といい、その魅力といい、更にその能力に於ては、世界一かも知れんぞ。生きているモナリザというのは、正にあの君江のことだ」
 と私は、暗がりをもっけの幸いにして、自分でも歯の浮くような饒舌をふるった。
 あとは二人とも、鉛のように黙って、あの裏街の軒下を歩いていった。秋はこの場末にも既に深かった。夜の霧は、頸筋のあたりに忍びよって、ひいやりとした唇を置いていった。
(遠い路だ――)仰ぐと、夜空を四角に切り抜いたようなツルマキ・アパートが、あたりの低い廂をもった長家の上に超然と聳えていた。
 と、そのときだった。
「ギャーッ」
 たしかギャーッと耳の底に響いたのだが、頭の上に、ひどい悲鳴を聞きつけた。何というか極度の恐怖に襲われたものに違いない叫び声だった。男か女か、それさえ判断しかねるほど、人間ばなれのした声だった。
「ほッ、この家だッ」
 と帆村は大地に両足を踏んばり、洋杖をあげてアパートの三四階あたりを指した。ビールの満をひいて顔をテラテラ…

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