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はえ
作品ID1249
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第2巻 俘囚」 三一書房
1991(平成3)年2月28日
初出「ぷろふいる」1934(昭和9)年2月号~9月号
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-07-15 / 2014-09-18
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 小春日和の睡さったらない。白い壁をめぐらした四角い部屋の中に机を持ちこんで、ボンヤリと肘をついている。もう二時間あまりもこうやっている。身体がジクジクと発酵してきそうだ。
 白い天井には、黒い蠅が停っている。停っているがすこしも動かない。生きているのか、死んでいるのか、それとも木乃伊になっているのか。
 それにしても、蠅が沢山いることよ。おお、みんなで七匹もいる。この冬の最中に、この清潔な部屋に、天井から七匹も蠅がぶら下っていてそれでよいのであろうか。
 そう思った途端に、耳の傍でなんだか微かな声がした。ナニナニ。蠅が何かを咄して聴かせるって。
 ではチョイト待ちたまえ。いま原稿用紙とペンを持ってくるから……。
 オヤ。どうしたというのだろう。持って来た覚えもないのに、原稿用紙とペンが、目の前に載っているぞ。不思議なこともあればあるものだ。――


   第一話 タンガニカの蠅


「あのウ、先生。――」
 と背後で声がした。
 クリシマ博士は、顕微鏡から静かに眼を離した。そのついでに、深い息をついて、椅子の中に腰を埋めたまま、背のびをした。
「あのウ、先生」
「む。――」
「あの卵は、どこかにお仕舞いでしょうか」
「卵というと……」
「先日、あちらからお持ちかえりになりました、アノ駝鳥の卵ほどある卵でございますが……」
「ああ、あれか」と博士は始めて背後へふりかえった。そこには白い実験衣をつけた若い理学士が立っていた。
「あれは――、あれは恒温室へ仕舞って置いたぞオ」
「あ、恒温室……。ありがとうございました。お邪魔をしまして……」
「どうするのか」
「はい。午後から、いよいよ手をつけてみようと存じまして」
「ああ、そうか、フンフン」
 博士はたいへん満足そうに肯いた。助手の理学士は、恭しく礼をすると、跫音もたてずに出ていった。彼はゴム靴を履いていたから……。
 そこでクリシマ博士は、再び顕微鏡の方に向いた。そしてプレパラートをすこし横へ躙らせると、また接眼レンズに一眼を当てた。
「あのウ、先生」
「む。――」
 またやって来たな、どうしたのだろうと、博士は背後をふりかえって、助手の顔を見た。
「あのウ、恒温室の温度保持のことでございますが、唯今摂氏五十五度になって居りますが、先生がスイッチをお入れになったのでございましょうか」
「五十五度だネ。……それでよろしい、あのタンガニカ地方の砂地の温度が、ちょうどそのくらいなのだ。持って来た動物資料は、その温度に保って置かねば保存に適当でない」
「さよですか。しかし恒温室内からピシピシという音が聞えて参りますので、五十五度はあの恒温室の温度としては、すこし無理過ぎはしまいかと思いますが……」
「なーに、そりゃ大丈夫だ。あれは七十度まで騰げていい設計になっているのだからネ」
「はア、さよですか。では……」と助手は…

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