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英国メーデーの記
えいこくメーデーのき
作品ID1286
著者岡本 かの子
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆44 祭」 作品社
1986(昭和61)年6月25日
入力者菅野朋子
校正者Tomoko.I
公開 / 更新2000-11-04 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 倫敦に於ける五月一日は新聞の所謂「赤」一党のみが辛うじてメーデーを維持する。
 それさへ華やかに趣向を凝らし警戒の巡査と諧謔を交しながらの祝賀気分だ。われわれが世界共通のものとしてメーデーを概念してゐるところの合成人間の危険性を内包した黙圧もしくは爆叫には殆ど出逢へないと云つて宜しい。
 これは無産階級風に描かれたニースの花祭だ。市長就任式の行列が新市長と官飾を連れ忘れただけだ。ランカシヤの工服を着た象牙画のやうな少女が荷馬車の上で笑顔をつくつて叫ぶ。
 Down with the British Empire(大英国を倒せ)とシークな事よ。行人の拍手。
 英国では伝統を破らうとするものは軈て伝統に捉へられる危険がある。発生の早い英国のメーデーは既に今日歴史を帯ばされて年中行事的に図案化した。無産思想を通じての有色人種と白人との国際的提携を象徴しようとして赤髪の美婦人は灰面の埃及人と腕組みして行く。だがそれを褒める倫敦人に彼等の意味を殖民地博覧会の門冠彫刻以上に汲取らし得るかは疑問だ。
 それほどこの行列は内容を脱却した英国人通弊の趣向偏重に陥つて居る。儀礼的の形式主義に力の角々を嘗め丸められてゐる。すべてこの国では、妥協が貫徹への最短距離なのだ。英国気質の通則以上に表現を露出することは更にそれに打ち勝つ力を弱めることなのだ。自ら進んで伝統の上に位置を占めることがむしろ既存伝統の棄却を完からしめることになるのだ。愛蘭独立はその問題が英議会に伝統化された時に解決の端緒が開かれた。
 印度は? 自尊心に対して都合よく出来てゐる英国人はこの問題も大英自身の伝統的問題の成熟としてその解決に心を傾けて来たのだと云つてゐる。英貨のボイコットに周章て来たとは決して言はない。故にリボンで飾つて押し樹てて歩く露西亜文学の旗も、スコットランド、ランカシヤ、ノーサムバア、ダルハム、中部及びウヱールズから来た血色の好い饑餓行進もそれが習慣であるといふ意味を通じて、英国人の頑心を漸次消解させ逐年長閑さを増すロンドン・メーデー風景となつたのだ。
 陽気が好いといふことも行列を祝祭気分にする。陰気なストーブの前から逃れ戸外の霧から救はれた英本国六千万の人民はこの時はうはいと一時に咲き寄せる春夏を併せた諸草木の花、就中メーフラワーの紅白の色彩の爆発に逢つて冬中縮めてゐた感覚の息使ひをにはかに忙しく開始する。
「何と好い陽気ぢやないか。」
 思はず手を差し伸べ合つてコンミュニストとトレードユニオニストとが握手する。
 ハイド・パークの青芝の広場に幾筋もの汗ばんだ行進隊が吸ひ寄せられて行く。
 最貧民街東端倫敦からの一隊は手押椅子にのつた足無しのリーダーに率ゐられた。雨上りのやうに明朗なテームズ河岸の太陽はいくらかの殺気を帯びたこの一隊に睨み上げられ少しをびえて肩をすくめる。
 有色人種特有…

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