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新茶
しんちゃ
作品ID1289
著者岡本 かの子
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆24 茶」 作品社
1984(昭和59)年10月25日
入力者門田裕志
校正者林幸雄
公開 / 更新2002-12-12 / 2014-09-17
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 それほど茶好きでなくとも、新茶には心ひかれる。
 あの年寄りじみた、きつい苦みがないし、晴々しい匂ひがするし、茶といふよりも、若葉の雫を啜るといふ感じである。
 色がいゝ。白磁の茶椀の半を満してゆらめく青湖の水。
  さなりき、誘ふニンフも
  誘はるゝ男妖精も共に髪ぞ青かりし
 揺曳とした湯気の隙間から、茶椀の岸にさういふ美麗が見えるやうな気がする。

 その茶椀を掌に享けて一口、二口、唇に触れては庭を眺める。実を付けた若楓の枝の下に池が在つて、底に透く陽光の水の宙に篦鮒が、昨年孵つた一寸ばかりの子鮒を四つほど従へて鰭を休めてゐる。このとき、身に合つた袷の上に、やゝ幅狭の博多帯が硬からず緩からず胸に締つてゐて呉れれば、他に何を望まう。しみ/″\日本の土に生れて日本の女であることが自分で味はれる。
 西洋人の中で好んで日本の緑茶を飲むのはアメリカ人だが、必ず砂糖を入れて飲む。お話にならない。まして新茶の風味などは思ひもよらない。
 およそ嗜好飲料は香料の悦びの外に、一種の客観性の心境を作らせる作用がある。世相が、まま、熱騰でなければ消沈に傾き易いときに、それに釣り込まれないやう、客観性を平衡に保つことは私たちに必要なことである。さればといつて、不経済、不健康ほどに嗜好飲料を摂るのも行き過ぎである。今や、天地爽麗の季に乗じて、新茶一椀の服涼は、忙中僅に許さるべき自然の贈りものではあるまいか。
 煎茶道の中興の祖、上田秋成が書いてゐる「もう何も出来ぬ故、煎茶を飲んで死をきはめてゐるばかりだ」と。而も、それが何もかも、し尽した年齢七十五のときの秋成の言だから、茶には何処か余悠のあることが判る。



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