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魚妖
ぎょよう
作品ID1313
著者岡本 綺堂
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻64 怪談」 作品社
1996(平成8)年6月25日
入力者土屋隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-04-05 / 2014-09-18
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 むかしから鰻の怪を説いたものは多い。これは彼の曲亭馬琴の筆記に拠つたもので、その話をして聴かせた人は決して嘘をつくやうな人物でないと、馬琴は保証してゐる。
 その話はかうである。
 上野の輪王寺宮に仕へてゐる儒者に、鈴木一郎といふ人があつた。名乗りは秀実、雅号は有年といつて、文学の素養もふかく、馬琴とも親しく交際してゐた。
 天保三、壬辰年の十一月十三日の夜である。馬琴は知人の関[#挿絵]南の家にまねかれて晩餐の馳走になつた。有名な気むづかしい性質から、馬琴には友人といふものが極めて少い。ことに平生から出不精を以て知られてゐる彼が十一月――この年は閏年であつた。――の寒い夜に湯島台までわざわざ出かけて行つたくらゐであるから、[#挿絵]南とはよほど親密にしてゐたものと察せられる。酒を飲まない馬琴はすぐに飯の馳走になつた。灯火の下で主人と話してゐると、外では風の音が寒さうにきこえた。ふたりのあひだには今年の八月に仕置になつた、鼠小僧の噂などが出た。
 そこへ恰も来あはせたのは、かの鈴木有年であつた。有年は実父の喪中であつたが、馬琴が今夜こゝへ招かれて来るといふことを知つてゐて、食事の済んだ頃を見はからつて、わざと後れて顔を出したのであつた。かれの父は伊勢の亀山藩の家臣で下谷の屋敷内に住んでゐたが、先月の二十二日に七十二歳の長寿で死んだ。かれはその次男で、遠い以前から鈴木家の養子となつてゐるのであるが、兎も角もその実父が死んだのであるから、彼は喪中として墓参以外の外出は見あはせなければならなかつた。併しこの[#挿絵]南の家はかれの親戚に当つてゐるのと、今夜は馬琴が来るといふのとで、有年も遠慮なしにたづねて来て、その団欒に這入つたのである。
 馬琴は元来無口といふ人ではない。自分の嫌ひな人間に対して頗る無愛想であるが、こゝろを許した友に対しては話はなか/\跳む方であるから、三人は火鉢を前にして、冬の夜の寒さを忘れるまでに語りつゞけた。そのうちに何かの話から主人の[#挿絵]南はこんなことを云ひ出した。
「御存知かしらぬが、先頃ある人からこんなことを聴きました。日本橋の茅場町に錦とかいふ鰻屋があるさうで、そこの家では鰻や泥鰌のほかに泥亀の料理も食はせるので、なか/\繁昌するといふことです。その店は入口が帳場になつてゐて、そこを通りぬけると中庭がある。その中庭を廊下づたひに奥座敷へ通ることになつてゐるのですが、こゝに不思議な話といふのは、その中庭には大きい池があつて、そこに沢山のすつぽんが放してある。天気のいゝ日にはそのすつぽんが岸へあがつたり、池のなかの石に登つたりして遊んでゐる。ところで、客がその奥座敷へ通つて、うなぎの蒲焼や泥鰌鍋をあつらへた時には、かのすつぽん共は平気で遊んでゐるが、もし泥亀をあつらへると、彼等はたちまちに水のなかへ飛び込んでしまふ。それはまつた…

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