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遺書
いしょ
作品ID1322
著者尾崎 秀実
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻17 遺言」 作品社
1992(平成4)年7月25日
入力者渡邉つよし
校正者菅野朋子
公開 / 更新2000-11-13 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 拝啓
 昨日はおいそがしいところを貴重な時間を割き御引見下され有難う存じました。先生のいつに変らず御元気な御様子をまことに心強く存ぜられました。さてその際先生より私身、後のことについて御示唆がありましたので、遺言と申す程のことはありませんが、家内へ申し伝えたい言葉を先生までお伝え致しおき、小生死後先生よりお伝え願ったらいかがなものかと、ふと心付きましたのでこの手紙を認めました次第でございます。実はこれらのことは家内への手紙にも書きましたのですが、どういうものか家へその書信が到着しておりません。或いは事柄があまりに強く響き過ぎますため、家内のものへ与える衝撃を慮っての検閲者の親切心のためかとも存じますが、ともかく私としても気もちよく語れる事柄でもありませんが、用件には違いありませんから申し残したいと存じます。そんなわけでありますから、どうか先生から家内へお伝えの場合も、小生の死後にお願い致し度く存じます。
一、小生屍体引取りの際は、どうせ大往生ではありませんから、死顔など見ないでほしいということ、楊子はその場合連れて来ないこと。
一、屍体は直ちに火葬場に運ぶこと、なるべく小さな骨壺に入れ家に持参し神棚へでもおいておくこと。
一、乏しい所持金のうちから墓地を買うことなど断じて無用たるべきこと。勿論葬式告別式等一切不用のこと(要するに、私としては英子や楊子、並びに真に私を知ってくれる友人達の記憶の中に生き得ればそれで満足なので、形の上で跡をとどめることは少しも望んでおりません)。
 勿論こうは申しましても、私は死後まで家人の意志を束縛しようというのではありません、寧ろ私の真意は私には何等特別の要求はありません、どうぞ御随意に皆さんで、というところなのでありますが、ただ参考までに申したというところです。将来平和な時期が来て、我が楊子が一本立ちが立派に出来てその上でお母さんと一緒にお父さんのお墓も作ってやろうということにでもなれば、その時はまた喜んでお墓の中にも入りましょう。ただ疎開だ、避難だという場合には骨壺などまで持ち歩く必要はありませんから、それこそ庭の隅にでも埋めて置いてくれて結構です。――その上に白梅の枝でも植えておいてもらえばこの上ありません。
 次に、これは申すまでも無いかと存じますが、英子の行動は今後自由勝手たるべきこと。私は何等特別の注文はありません。楊子の将来についてもこれまでいろいろのことを空想まじりで希望がましく述べたりしましたが、それも今は何等特別の指示は致しません。今後の諸情勢と楊子自体の希望によって決定さるべきものであり、英子と雖も単に親切な助言者以上の役割を努める以外に、自分の意思を強いても無駄であると知るべきでしょう。云うまでもありませんが、私の家を存続するとか、尾崎の名を伝えるとかいう気もありませんから、「養子」などのことは毫も特…

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