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りゅう
作品ID134
著者芥川 竜之介
文字遣い新字新仮名
底本 「芥川龍之介全集3」 ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年12月1日
初出「中央公論」1919(大正8)年5月
入力者j.utiyama
校正者かとうかおり
公開 / 更新1998-12-08 / 2014-09-17
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 宇治の大納言隆国「やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あの松ヶ枝の藤の花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。いつもは涼しゅう聞える泉の音も、どうやら油蝉の声にまぎれて、反って暑苦しゅうなってしもうた。どれ、また童部たちに煽いででも貰おうか。
「何、往来のものどもが集った? ではそちらへ参ると致そう。童部たちもその大団扇を忘れずに後からかついで参れ。
「やあ、皆のもの、予が隆国じゃ。大肌ぬぎの無礼は赦してくれい。
「さて今日はその方どもにちと頼みたい事があって、わざと、この宇治の亭へ足を止めて貰うたのじゃ。と申すはこの頃ふとここへ参って、予も人並に双紙を一つ綴ろうと思い立ったが、つらつら独り考えて見れば、生憎予はこれと云うて、筆にするほどの話も知らぬ。さりながらあだ面倒な趣向などを凝らすのも、予のような怠けものには、何より億劫千万じゃ。ついては今日から往来のその方どもに、今は昔の物語を一つずつ聞かせて貰うて、それを双紙に編みなそうと思う。さすれば内裡の内外ばかりうろついて居る予などには、思いもよらぬ逸事奇聞が、舟にも載せ車にも積むほど、四方から集って参るに相違あるまい。何と、皆のもの、迷惑ながらこの所望を叶えてくれる訳には行くまいか。
「何、叶えてくれる? それは重畳、では早速一同の話を順々にこれで聞くと致そう。
「こりゃ童部たち、一座へ風が通うように、その大団扇で煽いでくれい。それで少しは涼しくもなろうと申すものじゃ。鋳物師も陶器造も遠慮は入らぬ。二人ともずっとこの机のほとりへ参れ。鮓売の女も日が近くば、桶はその縁の隅へ置いたが好いぞ。わ法師も金鼓を外したらどうじゃ。そこな侍も山伏も簟を敷いたろうな。
「よいか、支度が整うたら、まず第一に年かさな陶器造の翁から、何なりとも話してくれい。」

        二

 翁「これは、これは、御叮嚀な御挨拶で、下賤な私どもの申し上げます話を、一々双紙へ書いてやろうと仰有います――そればかりでも、私の身にとりまして、どのくらい恐多いかわかりません。が、御辞退申しましては反って御意に逆う道理でございますから、御免を蒙って、一通り多曖もない昔話を申し上げると致しましょう。どうか御退屈でもしばらくの間、御耳を御借し下さいまし。
「私どものまだ年若な時分、奈良に蔵人得業恵印と申しまして、途方もなく鼻の大きい法師が一人居りました。しかもその鼻の先が、まるで蜂にでも刺されたかと思うくらい、年が年中恐しくまっ赤なのでございます。そこで奈良の町のものが、これに諢名をつけまして、鼻蔵――と申しますのは、元来大鼻の蔵人得業と呼ばれたのでございますが、それではちと長すぎると申しますので、やがて誰云うとなく鼻蔵人と申し囃しました。が、しばらく致しますと、それでもまだ長いと申しますので、さ…

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