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高島異誌
たかしまいし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「妖異全集」 桃源社
1975(昭和50)年9月25日
初出「講談雑誌」1924(大正13)年7月
入力者地田尚
校正者小林繁雄
公開 / 更新2002-02-18 / 2014-09-17
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

妖僧の一泊

「……ええと、然らば、匁という字じゃ、この文字の意義ご存知かな?」
 本条純八はやや得意気に、旧い朋友の筒井松太郎へ、斯う改めて訊いて見た。二人は無聊のつれづれから、薄縁を敷いた縁側へ、お互にゴロリと転りながら、先刻から文字の穿鑿に興じ合っているのであった。
「匁という文字の意義でござるか? いやいや拙者不案内でござるよ」
 松太郎は指で額を叩き、苦笑しながら左様云った。
「然らばご教授申そうかの――匁と申す此文字はな、何文の目という意義でござるよ。つまり文〆と書くべきを略して此様に書き申す」
「ははあ、文〆の略字かの。如何様、是は尤じゃ」
「何んと古義通ではござらぬかな」
「天晴古義通、古義通じゃ」
 仲の宜い二人は笑い合い、何んの邪気も無く褒め合った。
 先刻から門前に佇んで、鈴を鳴らしていた托鉢僧――頭髪白く銀のように輝き、皮膚の色も白く鞣革のように光った、老いた威厳のある托鉢僧は、其時何んと思ったか、つかつかと門の内へ這入って来たが、
「失礼ながら匁の穿鑿、ちと曖昧でござり申すよ」
 斯う云うと縁側へ腰をかけた。
「これはこれは旅の僧、匁の字に異議ござるとの?」
 純八はヒョイと起き直り、老僧の顔をまじまじと見た。
「いやいや決して異議ではござらぬ、誤りを正てあげるのじゃ」
 僧は優しく笑ったが、
「匁は文〆の略字では無うて、銭という字の俗字でござる。これは篇海にも出て居ります哩。又、説文長箋には泉という字の草書じゃと、此様に記してもござります哩。而て泉は銭に通ず、即ち、匁は銭と同じじゃ」
 傍引該博のこの説明には、純八も松太郎も一言も無く、すっかり心から感心した。
 で、純八は座敷へ請じて、茶を淹れ斎を進めたりして、懇に僧を待遇したが、
「偖、ご老僧、承わり度いは、歳の字と才の字の異弁でござるが、拙者、先日迄、才の字こそは、所謂歳の字の当字であろうと、斯う思い込んで居りましたところ、頃日、名家の墨跡を見、歳の字の件まで参りました所、才の字が書かれてございました」
「それとて当字ではござらぬよ。即ち、才は哉の古字、而て哉は戴に通じ、尚又戴は歳の字と同意義、自然才の字は歳の字に通じ、二者は全く同一字でござる」
 そこで純八は復訊いた[#「復訊いた」は底本では「復訊いた」]。
「拙者は此土地の郷士でござって祖父の代までは家も栄え、地方の分限者でござりましたが、父の世に至って家道衰え、両親此世を逝って後は、愈々赤貧洗うが如く、ご覧の通り此拙者、妻帯の時節に達し居り乍ら、妻も娶れぬ[#「娶れぬ」は底本では「聚れぬ」]境遇ながら、文武の道のみは容易に捨てず、学ぶ傍子供を集めて、古えの名賢の言行などを、読み聞かせ居る次第にござりますが、「童子教」という、古来よりの著書、覚え易く又教え易き為、子供に読ましめ居ります所、内容余りに僧家の事のみ多く、且、…

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