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画の悲み
えのかなしみ
作品ID1410
著者国木田 独歩
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本 国木田独歩全集 第二巻」 学習研究社
1964(昭和39)年7月1日、1978(昭和53)年3月1日増訂版
初出「青年界」第一卷第二號、1902(明治35)年8月1日発行
入力者鈴木厚司
校正者小林繁雄
公開 / 更新2001-12-21 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 畫を好かぬ小供は先づ少ないとして其中にも自分は小供の時、何よりも畫が好きであつた。(と岡本某が語りだした)。
 好きこそ物の上手とやらで、自分も他の學課の中畫では同級生の中自分に及ぶものがない。畫と數學となら、憚りながら誰でも來いなんて、自分も大に得意がつて居たのである。しかし得意といふことは多少競爭を意味する。自分の畫の好きなことは全く天性といつても可からう、自分を獨で置けば畫ばかり書いて居たものだ。
 獨で畫を書いて居るといへば至極温順しく聞えるが、其癖自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校長が持て餘して數々退校を以て嚇したのでも全校第一といふことが分る。
 全校第[#ルビの「たい」に「ママ」の注記]一腕白でも數學でも。しかるに天性好きな畫では全校第一の名譽を志村といふ少年に奪はれて居た。この少年は數學は勿論、其他の學力も全校生徒中、第二流以下であるが、畫の天才に至つては全く並ぶものがないので、僅に壘を摩さうかとも言はれる者は自分一人、其他は悉く志村の天才を崇め奉つて居るばかりであつた。ところが自分は志村を崇拜しない、今に見ろといふ意氣込で頻りと勵げんで居た。
 元來志村は自分よりか歳も兄、級も一年上であつたが、自分は學力優等といふので自分の居る級と志村の居る級とを同時にやるべく校長から特別の處置をせられるので自然志村は自分の競爭者となつて居た。
 然るに全校の人氣、校長教員を始め何百の生徒の人氣は、温順しい志村に傾いて居る、志村は色の白い柔和な、女にして見たいやうな少年、自分は美少年ではあつたが、亂暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時も級の一番を占めて居て、試驗の時は必らず最優等の成績を得る處から教員は自分の高慢が癪に觸り、生徒は自分の壓制が癪に觸り、自分にはどうしても人氣が薄い。そこで衆人の心持は、せめて畫でなりと志村を第一として、岡本の鼻柱を挫いてやれといふ積であつた。自分はよく此消息を解して居た。そして心中ひそかに不平でならぬのは志村の畫必ずしも能く出來て居ない時でも校長をはじめ衆人がこれを激賞し、自分の畫は確かに上出來であつても、さまで賞めて呉れ手のないことである。少年ながらも自分は人氣といふものを惡んで居た。
 或日學校で生徒の製作物の展覽會が開かれた。其出品は重に習字、※畫[#「圖」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、466-8]、女子は仕立物等で、生徒の父兄姉妹は朝からぞろ/\と押かける。取りどりの評判。製作物を出した生徒は氣が氣でない、皆なそは/\して展覽室を出たり入つたりして居る自分も此展覽會に出品する積りで畫紙一枚に大きく馬の頭を書いた。馬の顏を斜に見た處で、無論少年の手には餘る畫題であるのを、自分は此一擧に由て是非志村に打勝うといふ意氣込だから一生懸命、學校から宅に歸ると一室に籠つて書く、手本を本にして生…

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