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血の文字
ちのもじ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」 創元推理文庫、創元社
1984(昭和59)年12月21日
初出「綾にしき」1892(明治25)年8月
入力者網迫、土屋隆
校正者川山隆
公開 / 更新2006-05-29 / 2014-09-18
長さの目安約 87 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

前置(著者の)

「あア/\斯うも警察のお手が能く行届き、何うしても逃れぬ事が出来ぬと知たら、決して悪事は働かぬ所だッたのに」とは或罪人が己れの悪事露見して判事の前に引据られし時の懺悔の言葉なりとかや、余は此言葉を聞き此記録を書綴る心を起しぬ、此記録を読むものは何人も悪事を働きては間職に合わぬことを覚り、算盤珠に掛けても正直に暮すほど利益な事は無きを知らん、殊に今日は鉄道も有り電信も有る世界にて警察の力を潜り果せるとは到底出来ざる所にして、晩かれ早かれ露見して罰せらるゝは一つなり。
 斯く云わば此記録の何たるやは自ら明かならん、個は罪人を探り之を追い之と闘い之に勝ち之に敗られなどしたる探偵の実話の一なり。
[#改ページ]


第一回(怪しき客)

 余が医学を修めて最早卒業せんとせし頃(時に余が年二十三)余は巴里府プリンス街に下宿し居たるが余が借れる間の隣の室に中肉中背にて髭髯を小綺麗に剃附て容貌にも別に癖の無き一人の下宿人あり、宿の者等此人を目科「様」とて特に「様」附にして呼び、帳番も廊下にて摺違うたびに此人には帽子を脱ぎて挨拶するなど大に持做ぶりの違う所あるにぞ、余は何時とも無く不審を起し目科とは抑も何者にやと疑いたり、素より室と室、隣同士の事とて或は燐寸を貸し或は小刀を借るぐらいの交際は有り、又時としては朝一緒に宿を出で次の四辻にて分るゝまで語らいながら歩むなどの事も有りたれど其身分其職業などは探り知ろう様も無く唯だ此の目科に美しき細君ありて充分目科を愛し且つ恭う様子だけは知れり、去れど目科は妻ある身に不似合なる不規則千万の身持にて或時は朝猶暗き内に家を出るかと思えば或時は夜通し帰り来らず又人の皆寝鎮りたる後に至り細君を叩き起すことも有り其上時々は一週間ほど帰り来らぬことも珍しからず、斯も不規則なる所夫に仕え細君が能く苦情を鳴さぬと思えば余は益々訝しさに堪えず、終に帳番に打向いて打附に問いたる所、目科の名前が余の口より離れ切るや切らぬうち帳番は怫然と色を作し、毎も宿り客の内幕を遠慮も無く話し散すに引代て、余計な事をお問なさるなと厳しく余を遣込めたれば余が不審は是よりして却て、益々募り、果は作法をも打忘れて熱心に目科の行いを見張るに至れり。
 見張り初めてより幾程も無く余は目科の振舞に最と怪しく且恐ろしげなる事あるを見て何うせ碌な人には非ずと思いたり、其事は他ならず、或日目科は当時の流行を穿ちたる最立派なる服を被かざり胸には「レジョン、ドノル」の勲章を燦めかせて外より帰ると見たるに其僅か数日後に彼れは最下等の職人が纏う如き穢らしき仕事衣に破れたる帽子を戴きて家を出たり、其時の彼れが顔附は何処とも無く悪人の相を帯び一目見るさえ怖らしき程なりき、是さえあるに或午後は又彼れが出行かんとするとき其細君が閾の許まで送り出で、余所目にも羨まるゝほど親げに彼れが首に手…

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