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反戦文学論
はんせんぶんがくろん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「黒島傳治全集 第三巻」 筑摩書房
1970(昭和45)年8月30日
入力者大野裕
校正者原田頌子
公開 / 更新2001-09-03 / 2014-09-17
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   一、反戦文学の階級性

      一

 戦争には、いろ/\な種類がある。侵略的征服的戦争がある。防禦戦がある。又、民族解放戦争、革命も、そこにはある。
 戦争反対の文学は、かなり昔から存在して居るが、ブルジョアジーの戦争反対文学と、現代プロレタリアートの戦争反対文学とは、原則的に異ったものを持っている。戦争反対の意図を以て書かれたものは、古代ヘブライの予言者マイカのものゝ中にもある。民族間の戦争を誡め、平和を説いたものであるが、文字に書かれた、恐らく最古のものであろう。旧約にはいっている。しかし、そういう昔のことにまでかゝずらっているヒマがない。近代文学には、明かに、戦争反対の意図を以て書かれたものを相当拾い上げることが出来る。それらは、一般的に戦争に反対している。戦争は悲惨である。戦争は不愉快で、戦争のために、多数の人間が生命を落さなければならない。そこで、戦争に反対している。
 プロレタリアートは、戦争に反対する、その反対の仕方に於て、一般的な態度はとらない。吾々は一般的に、戦争に反対するのではない。或る場合には、悲惨をも、残酷をも、人類の進歩のために肯定するプロレタリアートが徹底的にどこまでも反対するのは、帝国主義××である。即ち、××的、××的戦争に反対するのである。

      二

 ブルジョアジーの戦争反対文学は、多く、個人主義的、或は、人道主義的根拠から出発している。そこに描かれているものは、個人の苦痛、数多の犠牲、戦争の悲惨、それから、是等に反対する個人の気持や、人道的精神等である。
 手近かな例を二三挙げてみる。
 田山花袋の「一兵卒」は、日露戦争に、満洲で脚気のために入院した兵卒が、病院の不潔、不衛生粗食に堪えかねて、少しよくなったのを機会に、病院を出て、自分の所属部隊のあとを追うて行く。重い脚を引きずって、銃や背嚢を持って終日歩き、ついに、兵站部の酒保の二階――たしかそうだったと思っている――で脚気衝心で死ぬ。そういうことが書いてある。こゝでは、戦争に対する嫌悪、恐怖、軍隊生活が個人を束縛し、ひどく残酷なものである、というようなことが、強調されている。家庭での、平和な生活はのぞましいものである。戦場は、「一兵卒」の場合では、大なる牢獄である。人間は、一度そこへ這入ると、いかにもがいても、あせっても、その大なる牢獄から脱することが出来ない。――こゝに、自然主義の消極的世界観がチラッと顔をのぞけている。
 戦争は悪い。それは、戦争が人間を殺し、人間に、人間らしい生活をさせないからである。そこでは、人間である個人の生活がなくなってしまう。常に死に対する不安と恐怖におびやかされつゞけなければならない。だから戦争は、悪く、戦争は、いやな、嫌悪さるべきものである。
 これは、個人主義的な立場からの一般的戦争反対である。所謂、自我に目ざ…

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