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琥珀のパイプ
こはくのパイプ
作品ID1429
著者甲賀 三郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」 創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日
初出「新青年」1924(大正13)年6月
入力者網迫、土屋隆
校正者小林繁雄
公開 / 更新2005-11-20 / 2014-09-18
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は今でもあの夜の光景を思い出すとゾットする。それは東京に大地震があって間もない頃であった。
 その日の午後十時過ぎになると、果して空模様が怪しくなって来て、颱風の音と共にポツリポツリと大粒の雨が落ちて来た。其の朝私は新聞に「今夜半颱風帝都に襲来せん」とあるのを見たので役所にいても終日気に病んでいたのだが、不幸にも気象台の観測は見事に適中したのであった。気に病んでいたと云うのは其の夜十二時から二時まで夜警を勤めねばならなかったからで、暴風雨中の夜警と云うものは、どうも有難いものではない。一体この夜警という奴は、つい一月許り前の東都の大震災から始まったもので、あの当時あらゆる交通機関が杜絶して、いろ/\の風説が起った時に、焼け残った山ノ手の人々が手に手に獲物[#「獲物」はママ]を持って、所謂自警団なるものを組織したのが始まりである。
 白状するが、私はこの渋谷町の高台から遙に下町の空に、炎々と漲ぎる白煙を見、足許には道玄坂を上へ上へと逃れて来る足袋はだしに、泥々の衣物を着た避難者の群を見た時には、実際この世はどうなる事かと思った。そうしていろ/\の恐しい噂に驚かされて、白昼に伝家の一刀を横えて、家の周囲を歩き廻った一人である。
 さてこの自警団は幾日か経ってゆく内に、漸く人心も落ち着いて来て、何時か兇器を持つ事を禁ぜられ、やがて昼間の警戒も廃せられたが、さて夜の警戒と云うものは中々止めにならないのである。つまり自警団がいつか夜警団となった訳で幾軒かのグループで各戸から一人宛の男を出し、一晩何人と云う定めで、順番にそのグループの家々の周囲を警戒するので、後には警視庁の方でも廃止を賛成し、団員のうちでも随分反対者があったのであるが、投票の結果は何時も多数で存続と定まるものである。私の如きも××省の書記を勤め、もうやがて恩給もつこうと云う四十幾つの身で、家内のほかに男とてもなし、頗る迷惑を感じながら、凡そ一週間に一度は夜中に拍子木を叩かねばならないのであった。
 さてその夜の話である。十二時の交替頃から暴風雨はいよ/\本物になって来た。私は交替時間に少し遅れて出て行くともう前の番の人は帰った後で、退役陸軍大佐の青木進也と、新聞記者と自称する松本順三と云う青年との二人が、不完全な番小屋に外套を着たまゝ腰をかけて待っていた。この青木と云うのは云わばこの夜警団の団長と云う人で、記者は――多分探訪記者であろう――私の家の二三軒さきの家へ下町から避難して来ている人であった。夜警団の唯一の利益と云うべきものは、山ノ手の所謂知識階級と称する、介殻――大きいのは栄螺位、小さいのは蛤位の――見たいな家に猫の額よりまだ狭い庭を垣根で仕切って、隣の庭がみえても見えない振りをしながら、隣同志でも話をした事のないと云う階級の、習慣を破って兎に角一区画内の主人同志が知り合いになったと云う事と…

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