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水の東京
みずのとうきょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「一国の首都 他一篇」 岩波文庫、岩波書店
1993(平成5)年5月17日
入力者八巻美恵
校正者染川隆俊
公開 / 更新2001-08-01 / 2014-09-17
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 上野の春の花の賑ひ、王子の秋の紅葉の盛り、陸の東京のおもしろさは説く人多き習ひなれば、今さらおのれは言はでもあらなん。たゞ水の東京に至つては、知るもの言はず、言ふもの知らず、江戸の往時より近き頃まで何人もこれを説かぬに似たれば、いで我試みにこれを語らん。さはいへ東京はその地勢河を帯にして海を枕せる都なれば、潮のさしひきするところ、船の上り下りするところ、一ト条二タ条のことならずして極めて広大繁多なれば、詳しく記し尽さんことは一人の力一枝の筆もて一朝一夕に能くしがたし。草より出でゝ草に入るとは武蔵野の往時の月をいひけん、今は八百八町に家[#挿絵]立ちつゞきて四里四方に門[#挿絵]相望めば、東京の月は真に家の棟より出でゝ家の棟に入るともいふべけれど、また水の東京のいと大なるを思へば、水より出でゝ水に入るともいひつべし。東は三枚洲の澪標遥に霞むかたより、満潮の潮に乗りてさし上る月の、西は芝高輪白金の森影淡きあたりに落つるを見ては、誰かは大なるかな水の東京やと叫び呼ばざらん。されば今我が草卒に筆を執つて、斯の如く大なる水の東京の、上は荒川より下は海に至るまでを記し尽さんとするに当りては、如何で脱漏錯誤のなきを必するを得ん。たゞ大南風に渡船のぐらつくをも怖るゝ如き船嫌ひの人[#挿絵]の、更に水の東京の景色も風情も実利も知らで過ごせるものに、聊かこの大都の水上の一般を示さんとするに過ぎねば、もとより水上に詳しき人[#挿絵]のためにするにはあらず。看るものいたづらにその備はらざるを責むるなかれ。
 東京広しといへども水の隅田川に入らずして海に入るものは、赤羽川と汐留堀とのほか幾許もなし。されば東京の水を談らんには隅田川を挙げて語らんこそ実に便宜多からめ。けだし水の東京におけるの隅田川は、網におけるの綱なり、衣におけるの領なり。先づ綱を挙ぐれば網の細目はおのづから挙がり、先づ領を挙ぐれば衣の裙裾はおのづから挙がるが如く、先づ隅田川を談れば東京の諸流はおのづから談りつくさるべき勢なり。よつて今先づ隅田川より説き起して、後に漸くその他の諸流に及ぼして終に海に説き到るべし。東京の水を説かんとして先づ隅田川を説くは、例へばなほ水経の百川を説かんとして先づ黄河を説くが如し、説述の次第おのづから是の如くならざるを得ざるのみ。さてまた隅田川を説きながら語次横に逸れて枝路に入ること多きは、これまた黄序に言ひけん如く、伊洛を談ずるものは必ず熊外を連ね、漆沮を語るものは遂に荊岐に及ぶ、また自然の偶属にして半離すべからざるものなればなり。
○荒川。隅田川の上流の称なり。隅田川とは隅田を流るゝを以て呼ぶことなれば、隅田村以上千住宿あたりを流るゝをば千住川と呼び、それより以上をば荒川と呼ぶ習ひなり。水源は秋の日など隅田堤より遠く西の方に青み渡りて見ゆる秩父郡の山[#挿絵]の間にて、大滝村といへるが…

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