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雲のいろ/\
くものいろいろ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「露伴全集 第二十九卷」 岩波書店
1954(昭和29)年12月4日
初出「反省雜誌」1897(明治30)年8月号夏期付録
入力者地田尚
校正者今井忠夫
公開 / 更新2001-06-18 / 2014-09-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

夜の雲

 夏より秋にかけての夜、美しさいふばかり無き雲を見ることあり。都会の人多くは心づかぬなるべし。舟に乗りて灘を行く折、天暗く水黒くして月星の光り洩れず、舷を打つ浪のみ青白く騒立ちて心細く覚ゆる沖中に、夜は丑三つともおもはるゝ頃、艙上に独り立つて海風の面を吹くがまゝ衣袂湿りて重きをも問はず、寝られぬ旅の情を遣らんと詩など吟ずる時、いなづま忽として起りて、水天一斉に凄じき色に明るくなり、千畳万畳の濤の頭は白銀の簪したる如く輝き立つかと見れば、怪しき岩の如く獣の如く山の如く鬼の如く空に峙ち蟠まり居し雲の、皆黄金色の笹縁つけて、いとおごそかに、人の眼を驚かしたる、云はんかたなく美し。

雨後の雲

 雨後の雲の美しさは山にてこそ見るべけれ。低き山に居たらんには猶甲斐なかるべし。名ある山々をも眼の前脚の下に見るほどの山に在りて、夏の日の夕など、風少しある時、谿に望みて遠近の雲の往来を観る、いと興あり。前山の色の翠ひとしほ増して裾野の風情も見どころ多く、一郭なせる山村の寺などそれかとも見ゆるに、濃く白き雲の、足疾く風に乗りて空に翔くるが、自己の形をも且つ龍の如く且つ虎の如く、飜りたる布の如く、張りたる傘の如くさま/″\に変へつゝ、山を蝕み、裾野を被ひ、山村を呑みつ吐きつして、前なるは這ふやうに去るかと見れば、後なるは飛ぶ如くに来りなんどする状、観て飽くといふことを覚えず。小山の峰通り立てる松の並木の遠見には馬の鬣のやうなるが現はれつ隠れつする、金字形したる山の嶺の、心あてに見しあたりならぬところに突として面出す、ことにおもしろし。

坂東太郎

 丹波太郎は西鶴の文に出でたりと覚えたり、坂東太郎は未だ古人の文に其風情をしるされざるにや、雲にも人に知らるゝ知られざるのあるもをかし。坂東太郎は東京にて夏の日など見ゆる恐ろしげなる雲なり。夕立雨の今や来たらんといふやうなる時、天の半を一面に蔽ひて、十万の大兵野を占めたる如く動かすべくもあらぬさまに黒みわたり、しかも其中に風を含みたりと覚しく、今や動ぎ出さんとする風情、まことに一敗の後の将卒必死を期してこと/″\く静まりかへつたるが中に勃々として抑ふべからざる殺気を含めるが如し。此雲天に瀰るとやがて、風ざわ/\と吹き下し、雨どつと落ちかゝり来るならひにて、あらしめきたる空合に此雲の出でたる、また無く物すさまじく、をかしき形などある雲とは異りて、秋水の千里を浸し犯す如く出で来れる宏壮の趣きありて、心弱き児女の愛する能はざるものなり。東京の市中にて眼にするものの中、此雲の風情など除きては、壮快なるものいと少かるべし。

蝶々雲

 風吹く時、はなれ/″\になりたる大きからぬ雲の色白き、あるは薄黒きが、蝶などの如くひら/\と風下へ舞ひつ飛びつして行くあり。これを蝶々雲とは、面白くも名づけたるものかな。

ゐのこ雲

 蝶々雲は…

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