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夜の隅田川
よるのすみだがわ
作品ID1447
著者幸田 露伴
文字遣い新字新仮名
底本 「露伴全集 第29巻」 岩波書店
1954(昭和29)年12月4日
入力者地田尚
校正者富田倫生
公開 / 更新2005-02-20 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 夜の隅田川の事を話せと云ったって、別に珍らしいことはない、唯闇黒というばかりだ。しかし千住から吾妻橋、厩橋、両国から大橋、永代と下って行くと仮定すると、随分夜中に川へ出て漁猟をして居る人が沢山ある。尤も冬などは沢山は出て居ない、然し冬でも鮒、鯉などは捕れる魚だから、働いて居るものもたまにはある。それは皆んな夜縄を置いて朝早く捕るのである。此の夜縄をやるのは矢張り東京のものもやるが、世帯船というやつで、生活の道具を一切備えている、底の扁たい、後先もない様な、見苦しい小船に乗って居る余所の国のものがやるのが多い。川続きであるから多く利根の方から隅田川へ入り込んで来る、意外に遠い北や東の国のものである。春から秋へかけては総ての漁猟の季節であるから、猶更左様いう東京からは東北の地方のものが来て働いて居る。
 又其の上に海の方――羽田あたりからも隅田川へ入り込んで来て、鰻を捕って居るやつもある。羽田などの漁夫が東京の川へ来て居るというと、一寸聞くと合点がいかぬ人があるかも知れないが、それは実際の事で、船を見れば羽根田の方のは[#挿絵]の方が高くなって居るから一目で知れる。全体漁夫という者は、自分の漁場を大切にするから、他所へ出て利益があるという場合にはドシドシ他所へ出て往って漁をする。それは是非共漁の総ての関係からして、左様いうように仕なければ漁場が荒れて仕舞うので、年のいかないものや、働きの弱い年寄などは蹈切って他所へ出ることが出来ないから、自分の方の漁場だけで働いて居るが、腕骨の強い奴は何時でも他所へ出漁する。そういうわけで羽根田の漁夫も隅田川へ入り込んで来て捕って居るのだ。それも昼間は通船も多いし、漁も利かぬから夜縄で捕るのである。此等の船は隅田川へ入って来て、適宜の場所へ夜泊して仕事をして居る。斯ういうように遠くから出掛けて来るということは誠に結構なことで、これが益々盛になれば自然日本の漁夫も遠洋漁業などということになるので、詰り強い奴は遠洋へ出掛けてゆく、弱い奴は地方近くに働いて居るという訳になるのだろう。
 縄の他に[#挿絵]を以って魚を捕ってるものもある。縄というのは長い縄へ短い糸の著いた鉤が著いたもので、此鉤というのは「ヒョットコ鉤」といって、絵に書いたヒョットコの口のようにオツに曲って居る鉤です。此鉤に種々の餌を付けて置くので、其餌には蚯蚓や沙蚕も用いる、芋なども用いるが、其他に「ゴソッカイ」だの「エージンボー」だのという、陸にばかり居る人は名も知らないようなものがある。
 それから又釣をして居る人もある。季節にもよるが、鰻を釣るので「珠数子釣り」というをやらかして居る。これは娯楽にやる人もあり、営業にやる人もある。珠数子釣りは鉤は無くて、餌を綰ねて輪を作る、それを鰻が呑み込んだのを[#挿絵]網で掬って捕るという仕方なのだ。面白くないということはな…

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