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鼠頭魚釣り
きすづり
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆32 魚」 作品社
1985(昭和60)年6月25日
入力者とみ~ばあ
校正者今井忠夫
公開 / 更新2001-01-22 / 2014-09-17
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 鼠頭魚は即ちきすなり。其頭の形いとよく鼠のあたまに肖たるを以て、支那にて鼠頭魚とは称ふるならん。俗に鱚の字を以てきすと訓ず。鱚の字は字典などにも見えず、其拠るところを知らず。蓋し鮎鰯鰰等の字と同じく我が邦人の製にかゝるものにて、喜の字にきすのきの音あるに縁りて以て創め作りしなるべし。
 鼠頭魚に二種あり。青鼠頭魚といひ、白鼠頭魚といふ。青鼠頭魚は白鼠頭魚より形大にして、其色蒼みを帯び、其性もやゝ強きが如し。青鼠頭魚は川に産し、春の末海底の沙地に子を産む、と大槻氏の言海には見えたれど、如何にや、確に知らず。海底の沙地に生まるゝものならば海に産するにはあらずや、将また川に産すとは川にて人に獲らるゝものなりとの事ならば、青鼠頭魚といふものの川にてはほと/\獲らるゝこと無きを如何にせん。大槻氏の指すところのものは東京近くにて青鼠頭魚といふものと異るにやあらん、いぶかし。凡そ東京近くにて青鼠頭魚といふものは、春の末夏の初頃より数十日の間、内海の底浅く沙平らかなる地にて漁るものの釣に上るものを指して称へ、また白鼠頭魚とは青鼠頭魚の漁期より一ト月も後れて釣れ初むるものをいふ。青鼠頭魚に比ぶれば白鼠頭魚はすべて弱[#挿絵]しくして、喩へば彼は男の如く此は女の如しとも云ひつべし。
 鼠頭魚釣りは、魚釣の遊びの中にても一ト風異りて興ある遊びなり。且つ又鼠頭魚は、魚の中にても姿清らに見る眼厭はしからず、特に鱗に粘無く身に腥気少ければ、仮令其味美ならずとも好ましかるべき魚なるに、まして其味さへ膩濃きに過ぎずして而も淡きにも失せず、まことに食膳の佳品として待たるべきものなれば、これが釣りの興も一トしほ深かるべき道理ならずや。
 今年五月の中の頃、鼠頭魚釣りの遊びをせんと思ひ立ちて、弟を柳橋のほとりの吾妻屋といふ船宿に遣り、来む二十一日の日曜には舟を虚うして吾等を待てと堅く約束を結ばしめつ、ひたすらに其日の至るを心楽みにして、平常のおのれが為すべき業を為しながら一日[#挿絵][#挿絵]と日を送りけり。
 待つには長き日も立ちて、明日はいよ/\其日となりたる二十日の朝、聊か事ありて浅草まで行きたる帰るさ、不図心づきて明日の遊びの用の釣の具一ト揃へを購はんと思ひしかば、二天門前に立寄りたり。こは家に釣の具の備への無きにはあらねど、猶ほ良きものを新に買ひ調へて携へ行かんには必ず利多かるべしと思ひてなり。書を能くするものは筆を撰まずとは動もすれば人の言ふところにして、下手の道具詮議とは、まことによく拙きありさまを罵り尽したる語にはあれど、曲りたる矢にては[#挿絵]も射て中てんこと難かるべく、飛騨の大匠も鰹節小刀のみにては細工に困ずべし。されば善く射るものは矢を爪遣りすること多く、美しく細工するものは刀を礪ぐこと頻りなり。如何ぞ書を能くするものの筆を撰まずといふことあらん、また如何ぞ下手のみ道…

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