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闘争
とうそう
作品ID1459
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」 創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日
初出「新青年」1929(昭和4)年5月号
入力者土屋隆
校正者川山隆
公開 / 更新2005-12-22 / 2014-09-18
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 K君。
 親切な御見舞の手紙うれしく拝見した。僕は全く途方に暮れてしまった。御葬式やら何やら彼やらで、随分忙しかったが、やっと二三日手がすいて、がっかりした気持になって居るところへ君の手紙を受取り、涙ぐましいような感激を覚えた。君の言うとおり、毛利先生を失ったわが法医学教室は闇だ。のみならず、毛利先生を失ったT大学は、げっそり寂しくなった。更に、また毛利先生を失った日本の学界は急に心細くなった。さきに狩尾博士を失い、今また毛利先生の訃にあうというのは、何たる日本の不幸事であろう。毛利先生と狩尾博士とは、日本精神病学界の双璧であったばかりでなく共に世界的に有名な学者であった。その二人が僅か一ヶ月あまりのうちに相次いで病死されたということは、悲しみてもなお余りあることである。
 K君。君は僕の現在の心持ちを充分察してくれるであろう。何だか僕も先生と同じく肺炎に罹って死にそうな気がしてならぬ。かつて中学時代に父を失ったとき、その当座は自分も死にそうに思ったが、その同じ心持ちを今しみ/″\感ずるのだ。教室へ出勤しても何も手がつかぬ。幸いに面倒な鑑定がないからいゝけれど、若しむずかしい急ぎの鑑定でも命ぜられたら、どんな間違いをしないとも限らない。家に帰ってもたゞぼんやりとして居るだけだ。それで居て、何かやらずに居られないような気分に迫られても居るのだ。若し僕に創作の能力があったら、きっと短篇小説の二つや三つは書き上げたにちがいない。けれども残念ながら、それは僕には不可能事だ。たゞ幸いに手紙ぐらいは書けるから、今晩は君に向って、少し長い手紙を御返事かた/″\書こうと思う。
 君の手紙にも書かれてあるとおり、毛利先生は最近たしかに憂鬱だった。君ばかりでなく、他の友人たちも、それを気づいて、すぐに先生の生前に、僕にたずねた者がある。僕には先生の憂鬱の原因、ことに死の直前一ヶ月あまりの極端な憂鬱の原因はよくわかって居た。けれども、先生が生きて居られる限りはその原因を僕は絶対に人に語らぬつもりだった。けれども、今はもうそれを語ってもよいばかりでなく、また語らずには置けぬ気がするのだ。で、それについてこれから出来るだけ委しく書こうと思う。
 それから今一つ、話の序に、君が嘸聞きたがっているだろうと思う、例の新聞広告、とだしぬけに言ったのではわかるまいが、今から一ヶ月半ほど前に、都下の主な新聞の三行広告欄へあらわれた不思議な広告
PMbtDK
の種明しをもしようと思う。こう言うと、君は定めし不審に思うだろうが、あの広告は、実は僕が出したものだ。君よ、驚いてはいかぬ。詮索好きの君は、あの当時、よく僕の教室へ来て誰が、何のために出して、どういう意味があるだろうかと、色々推定を行ってきかせてくれたものだ。僕は君に感附かれないように、つとめて知らぬ顔を装って居たのだが、あれこそ、先生の憂…

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