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工場細胞
こうじょうさいぼう
作品ID1466
著者小林 多喜二
文字遣い新字新仮名
底本 「工場細胞」 新日本文庫、新日本出版
1978(昭和53)年2月25日
初出「改造」改造社、1930(昭和5)年4、5、6月号
入力者細見祐司
校正者林幸雄
公開 / 更新2007-01-13 / 2014-09-21
長さの目安約 130 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 一

 金網の張ってある窓枠に両手がかゝって――その指先きに力が入ったと思うと、男の顔が窓に浮かんできた。
 昼になる少し前だった。「H・S製罐工場」では、五ラインの錻刀切断機、胴付機、縁曲機、罐巻締機、漏気試験機がコンクリートで固めた床を震わしながら、耳をろうする音響をトタン張りの天井に反響させていた。鉄骨の梁を渡っているシャフトの滑車の各機械を結びつけている幾条ものベルトが、色々な角度に空間を切りながら、ヒタ、ヒタ、ヒタ、タ、タ、タ……と、きまった調子でたるみながら廻転していた。むせッぽい小暗い工場の中をコンヴェイヤーに乗って、機械から機械へ移っていく空罐詰が、それだけ鋭く光った。――女工たちは機械の音に逆った大きな声で唄をうたっていた。で、窓は知らずにいた。
 ――あらッ!
「田中絹代」が声をあげた。この工場の癖で、田中絹代と似ているその女工を誰も本名を云うものはなかった。彼女は窓際に走った。コンヴェイヤーの前に立って、罐のテストをしていた男工の眼が、女の後を辿った。――外から窓に男がせり上がっている。その男は細くまるめた紙を、工場の中に入れようとしているらしい。
 女が走ってくるのを認めると、男の顔が急に元気づいたように見えた。彼女は金網の間から紙を受取ると、耳に窓をあてた。
 ――監督にとられないように、皆に配ってくれ。頼みますよ。
 男は窓の下へ音をさして落ちて行った。が、直ぐ塀を乗り越して行く悍しい後姿が見えた。
 昼のボーが鳴ると、機械の騒音が順々に吸われるように落ちて行って――急に女工たちの疳高い声がやかましく目立ってきた。
 ――何ァによ、絹ちゃん、ラヴ・レター?
 ――ラヴ・レターの見本か? 馬鹿に太ッかいもんでないか。
 それを見ていた男工も寄ってきた。
 ――そんな事すると、伝明さんが泣くとよ。
 ――そうかい、出目でなけァ駄目とは恐ろしく物好きな女だな?
 皆が吹き出した。
 田中絹代がビラを皆に一枚々々渡してやった。
 ――な、何ァんでえ、これはまた特別に色気が無いもんでないか。
 ――組合のビラよ。
   失業労働者大会
・市役所へ押しかけろ!
・我等に仕事を与えよ!
・失業者の生活を市で保証せよ!
 仕上場の方から天井の低い薄暗いトロッコ道を、レールを踏んで、森本等が手拭いで首筋から顔をゴシ/\こすりながら出てきた。ズボンのポケットには無雑作に同じビラが突ッこまされていた。
 ――よオッ! 鉄削りやッてきたな!
 連中を見ると、製罐部の職工が何時もの奴を出した。
 ――何云ってるんだ。この罐々虫!
 負けていなかった。
 ――鉄ばかり削っているうちに、手前えの身体ば鰹節みてえに削らねェ用心でもせ!
 製罐部と仕上場の職工は、何時でもはじき合っている。片方は熟練工だし、他方は機械についてさえいればいゝ職工だった。そこか…

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