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婦人の笑顔
ふじんのえがお
作品ID1515
著者島崎 藤村
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆40 顔」 作品社
1986(昭和61)年2月25日
入力者渡邉つよし
校正者門田裕志
公開 / 更新2002-12-14 / 2014-09-17
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 古人の言葉に、
「おふくは、鼻の低いかはりに、瞼が高うて、好いをなごじやの、なんのかのとて、いつかいお世話でござんす。」
 これは、名高い昔の禅僧が残した言葉で、おふくが文を持つ立姿の図に、その画賛として書かれたものであるといふ。仮令鼻が低いと言はれようが、瞼が高いと調戯はれようが、女の身ながらに眼を見開くなら、この世に隠れてゐる宝と生命と幸福とが得られるといふこゝろもちを、いかにも軽く取り扱つてあるらしい。
 このおふくのことで想ひ起すのは、彼女の姉妹とも言ひたいおかめの俤である。共に婦人の笑顔をあらはして、遠い昔からいろ/\な絵や、彫刻や、演劇舞踊の中にまで見えつ隠れつしてゐるのが、わたしの心をひく。中世以来、続きに続いた婦人の世界の暗さを思へば、「笑」を失つたものが多からうと思はれる中で、あれは光つた笑顔に相違ない。ところが、こゝに縁起をかつぐやうなことばかりを知つて、あのおかめの面の奥を覗いて見たこともないやうな人達がある。さういふ人達が寄つてたかつて、太神楽の道化役にも使ひ、酉の市の熊手のかざりにまで引張り出す。折角をかしみのある女の風情も、長い間に磨り減らされ、踏みにじられてしまつた。おかめの「笑」と言へば、今はたゞ浅い滑稽の表象でしかない。人はいかなるものをも弄ぶやうになるものだ。すくなくもこの世に幸福を持ち来しさうなあの福々しい女のほゝゑみも、あれはその実、笑つてゐるのか泣いてゐるのか分らないやうな気がする。



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