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幽霊の芝居見
ゆうれいのしばいみ
作品ID1526
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻64 怪談」 作品社
1996(平成8)年6月25日
入力者土屋隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-04-05 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 欧洲大戦の時、西部戦線にゐた英軍の塹壕内では、死んだキツチナア元帥が俘虜になつて独逸にゐるといふ噂が頻りにあつた。前線で俘虜になつた独逸兵のなかには、伯林の俘虜収容所で怖しく背の高い元帥の後姿を見かけたといふものが少くなかつた。オウクネエ島附近で溺死した元帥が蘇生つた筈もないが、それでも誰も見た、彼も見たと言ふからには、これもまんざら嘘だとばかしは言はれない。
 去年オスカア・ワイルドが巴里の穢い宿屋で窮死した時も、その後二三ヶ月経つてから、あつちこつちで、ワイルドを見かけたといふ人がちよいちよいあつた。
 伊勢は寂照寺の画僧月僊は、乞食月僊と言はれて、幾万といふ潤筆料を蓄め込んだ坊さんだが、その弟子に谷口月窓といふ男がゐた。沈黙家で石のやうに手堅い生れつきであつた。
 その月窓に母親が一人あつた。この母親がある時芝居へ行くと、隣桟敷に予て知合の某といふ女が来合せてゐた。その女は大の芝居好きで、亭主に死別れてからは、俳優の顔ばかり夢に見るといふ風な女であつた。
 その日も二人は夢中になつて、芝居や俳優の噂をした。翌日になつて、月窓の母親が挨拶かたがたその女を訪ねてゆくと、鼻の尖つた嫁さんが出て来て不思議さうな顔をした。
「お母さんですか、お母さんは貴女、亡くなりましてから、今日で三月あまりにもなりますよ。」
「え、お亡くなりですつて。でも、私は昨夜芝居でお目に懸りましたが……」
「まさか。」
と言つて嫁さんは相手にしなかつた。そしてどうかすると、こちらを狂人扱ひにしさうなので、月窓の母親は黙つて帰つたが、途中蹠は地に著かなかつた。



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