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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID1552
副題07 彫刻修業のはなし
07 ちょうこくしゅぎょうのはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者山田芳美
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-02-26 / 2016-01-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 早速彫らされることになる――
 この話はしにくい。が、まず大体を話すとすると、最初は「割り物」というものを稽古する。これはいろいろの紋様を平面の板に彫るので工字紋、麻の葉、七宝、雷紋のような模様を割り出して彫って行く。これは道具を切らすまでの手続き。それが満足に出来るようになると、今度は大黒の顔です。これがなかなか難儀であって、木の先へ大黒天の顔を彫って行くのであるが、円満福徳であるべきはずの面相が馬鹿に貧相になったり、笑ったようにと思ってやると、かえって泣いたような顔になる。なかなか旨く行かない。繰り返し繰り返し、旨く行くまで彫らされる。彫るものの身になると、真に辛い。肥えさせればぼてるし、瘠せさせれば貧弱になる。思うようには到底ならないのを、根気よく毎日毎晩コツコツとやっている中に、どうやら、おしまいには大黒様らしいものが出来て来ます。
 と、今度は蛭子様――これは前に大黒の稽古が積んで経験があるから、いくらか形もつく。大黒が十のものなら五つで旨く行って、まずそれでお清書は上がるのです。
 すると、三番目の稽古に掛かるのが不動様の三尊である。不動様は今日でもそうであるが、その頃は、一層成田の不動様が盛んであったもので、不動の信者が多い所から自然不動様が流行っている。不動様はまず矜羯羅童子から始めます。これは立像で、手に蓮を持っている。次が制[#挿絵]迦童子、岩に腰を掛け、片脚を揚げ、片脚を下げ、捻り棒を持っている。この二体が出来て来ると、次は本体の不動明王を彫るのです。
 次は三体に対する岩を彫る。次は火焔という順序で段々と攻めて行くのである。この不動様の三尊を彫り上げるということは彫刻の稽古としては誠に当を得たものであって、この稽古中に腕もめきめき上がって行くのです。それはそのはずであって、この三体の中には仏の種々相が含まれているからです。矜羯羅が柔和で立像、制[#挿絵]迦が岩へ「踏み下げ」て忿怒の相、不動の本体は安座であって、片手が剣、片手が縛縄、天地眼で、岩がある。岩の中央に滝、すなわち水の形を示している。後は火焔で火の形である。ですから、これで立像も分る。「踏み下げ」も分る。安坐も会得する。柔和忿怒の相から水火の形という風に諸々の形象が含まれているのであるから、調法というはおかしいが、材料としてはまことに適当であります。しかし、この不動三尊を纏め上げるには容易なことではなく、三、四年の歳月は経っていて、私の年齢も、もう十六、七になっている。話しではいかにも速いが脳や腕はそう速く進むものでない。修行盛りのこと故、一心不乱となって勉強をしたものです。

 さて、それから仏師となるには、仏師一通りのことは出来ねばなりません。まずその一通りというところを話して行くと、第一に如来です。
 如来は、如実の道に乗じて、来って正覚を成す、とある通り仏の最上美称…

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