えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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秘密
ひみつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻69 秘密」 作品社
1996(平成8)年11月25日
入力者加藤恭子
校正者篠原陽子
公開 / 更新2001-03-22 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一体世の中に、何故? ときかれて、何となればと答の出来る様なことは、ごくつまらない事に違ひない。
 机にも脚が四本ある、犬にも足が四本ある。何故、犬には歩けて、机には歩けないか?
 こんなことに答が出来たとて、おもしろくもなんともない。
 けれど、私は何故に生れたらう? とさうきいて御覧なさい。知つてゐる人は言はないし、知らない人は答はしない。それゆゑにおもしろいのです。富士山が一万三千尺あらうとも、ないやがら瀑布が世界第一であらうとも、そんなことは少しもおもしろくない。私達の知らぬことが世の中には、まだどんなに沢山あることだらう。それからまだこの宇宙には世界の人達が今迄に知つた事よりももつともつと沢山の知らない事があるに違ない、けれどそれは土の世界のことである。
 うら若い少女達の夢の国では、すべてが心から心へ話されるのである。何故? ときかれて答へられる様なつまらない事は一つもないのである。
「須美さん。あなたはまあどうしたといふのだらうねえ、これを御覧なさい、お正月の晴衣の袖をこんなに汚点だらけにしてさ」
 母様はお須美の小袖を畳みながら言ふのでした。母様はおつ母様である。おつ母様はお須美の様な若い娘ではないのである。母様も曾ては若い娘であつた。しかし若い娘の頃の事は忘れてしまつてゐらつしやる。それだもの若い娘の心持がおわかりになる筈はなかつた。ましてお須美が人知れぬ泪を袖にこぼした事を御存じの筈がない。泪とさへいへば悲しく流れるとばかり、世間では思つてゐらつしやらうが、少女達の夢の国では、嬉しいにつけ、かなしいにつけ、くやしいにつけ、なつかしいにつけ、わけもなくこぼれるのです。
 どうしたといふの? といふ母様の問に、何故ならば、と答へられることはない。お須美は、黙つて微笑んでゐた。
「何がをかしいの」
 何がをかしいのでもない。そんな時に、黙つて微笑んでゐることが夢の国を、より美しく、より楽しいものにする掟であつた。微笑ほど安全な答がどこにあらう。さうする事によつて、夢の国は少しも犯されず、知らずにただうら若い少女だけが、永遠に占領することが出来るのであつた。
「あなたは幾歳だと御思ひだえ?」
 御立腹なさつて母様はさうおききになる。
 あたしお正月がきたらこれだけよ、と言つて指を折つて見せるのは、わけもないことでした。しかしそれは少女の夢の国の生活を美しくするにはあまりにつまらない方法でした。あまつさへ老いやすい青春の日を数へるといふことは夢の国ではせぬことなのでした。
「今年からもう十六なんだよ」
 母様の方がよくしつていらした。
 お須美は黙つて微笑んでゐた。
 夢の国では、すべてを秘密にする事であつた。秘密、秘密、秘密ほど美しいものが何処にあらうぞ。いつであつたかお須美は、学校の庭の鈴懸の木の根もとに穴をほつて、そこへSさんとAさんと三人…

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