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きりぎりす
きりぎりす
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「きりぎりす」 新潮文庫、新潮社
1974(昭和49)年9月30日、1988(昭和63)年3月15日29刷改版
初出「新潮」1940(昭和15)年11月号
入力者土屋隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2006-01-14 / 2014-09-18
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 おわかれ致します。あなたは、嘘ばかりついていました。私にも、いけない所が、あるのかも知れません。けれども、私は、私のどこが、いけないのか、わからないの。私も、もう二十四です。このとしになっては、どこがいけないと言われても、私には、もう直す事が出来ません。いちど死んで、キリスト様のように復活でもしない事には、なおりません。自分から死ぬという事は、一ばんの罪悪のような気も致しますから、私は、あなたと、おわかれして私の正しいと思う生きかたで、しばらく生きて努めてみたいと思います。私には、あなたが、こわいのです。きっと、この世では、あなたの生きかたのほうが正しいのかも知れません。けれども、私には、それでは、とても生きて行けそうもありません。私が、あなたのところへ参りましてから、もう五年になります。十九の春に見合いをして、それからすぐに、私は、ほとんど身一つで、あなたのところへ参りました。今だから申しますが、父も、母も、この結婚には、ひどく反対だったのでございます。弟も、あれは、大学へはいったばかりの頃でありましたが、姉さん、大丈夫かい? 等と、ませた事を言って、不機嫌な様子を見せていました。あなたが、いやがるだろうと思いましたから、きょうまで黙って居りましたが、あの頃、私には他に二つ、縁談がございました。もう記憶も薄れている程なのですが、おひとりは、何でも、帝大の法科を出たばかりの、お坊ちゃんで外交官志望とやら聞きました。お写真も拝見しました。楽天家らしい晴やかな顔をしていました。これは、池袋の大姉さんの御推薦でした。もうひとりのお方は、父の会社に勤めて居られる、三十歳ちかくの技師でした。五年も前の事ですから、記憶もはっきり致しませんが、なんでも、大きい家の総領で、人物も、しっかりしているとやら聞きました。父のお気に入りらしく、父も母も、それは熱心に、支持していました。お写真は、拝見しなかった、と思います。こんな事はどうでもいいのですが、また、あなたに、ふふんと笑われますと、つらいので、記憶しているだけの事を、はっきり申し上げました。いま、こんな事を申し上げるのは、決して、あなたへの厭がらせのつもりでも何でもございません。それは、お信じ下さい。私は、困ります。他のいいところへお嫁に行けばよかった等と、そんな不貞な、ばかな事は、みじんも考えて居りませんのですから。あなた以外の人は、私には考えられません。いつもの調子で、お笑いになると、私は困ってしまいます。私は本気で、申し上げているのです。おしまい迄お聞き下さい。あの頃も、いまも、私は、あなた以外の人と結婚する気は、少しもありません。それは、はっきりしています。私は子供の時から、愚図々々が何より、きらいでした。あの頃、父に、母に、また池袋の大姉さんにも、いろいろ言われ、とにかく見合いだけでも等と、すすめられましたが、…

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