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冬の花火
ふゆのはなび
作品ID1580
著者太宰 治
文字遣い新字新仮名
底本 「太宰治全集8」 ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成元)年4月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2005-02-11 / 2014-09-18
長さの目安約 45 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 人物。

数枝   二十九歳
睦子   数枝の娘、六歳。
伝兵衛  数枝の父、五十四歳。
あさ   伝兵衛の後妻、数枝の継母、四十五歳。
金谷清蔵 村の人、三十四歳。
その他  栄一(伝兵衛とあさの子、未帰還)
     島田哲郎(睦子の実父、未帰還)
     いずれも登場せず。

 所。
津軽地方の或る部落。

 時。
昭和二十一年一月末頃より二月にかけて。


[#改ページ]



     第一幕

舞台は、伝兵衛宅の茶の間。多少内福らしき地主の家の調度。奥に二階へ通ずる階段が見える。上手は台所、下手は玄関の気持。
幕あくと、伝兵衛と数枝、部屋の片隅のストーヴにあたっている。

二人、黙っている。柱時計が三時を打つ。気まずい雰囲気。
突然、数枝が低い異様な笑声を発する。
伝兵衛、顔を挙げて数枝を見る。
数枝、何も言わず、笑いをやめて、てれかくしみたいに、ストーヴの傍の木箱から薪を取り出し、二、三本ストーヴにくべる。

(数枝)(両手の爪を見ながら、ひとりごとのように)負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。ほろんだのよ。滅亡しちゃったのよ。日本の国の隅から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥かしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねえ、いままでどおりの生活がいつまでも続くとでも思っているのかしら、相変らず、よそのひとの悪口ばかり言いながら、寝て起きて食べて、ひとを見たら泥棒と思って、(また低く異様に笑う)まあいったい何のために生きているのでしょう。まったく、不思議だわ。
(伝兵衛)(煙草を吸い)それはまあ、どうでもいいが、お前にいま、亭主、というのか色男というのか、そんなのがあるというのは、事実だな?
(数枝)(不機嫌になり)いいじゃあないの、そんな事は。(舌打ちをする)なんにも言わなけあよかった。
(伝兵衛) お前が言わなくたって、どこからともなくおれの耳にはいって来る。
(数枝) もったいぶらなくたって、わかっているわよ。お母さんでしょう?
(伝兵衛)(軽く狼狽の気味)いや。
(数枝)(小声で早口に)そうよ、それにきまっているわ。お母さんはまた、どうして勘附いたのかしら。ばかなお母さん。

間。

(伝兵衛) あさから聞いた。しかし、あさは、決して、何も、……。
(数枝)(それを相手にせず、急に態度をかえて)お母さんは、どこへ行ったの?
(伝兵衛) 鱈を買いに行かなくちゃならんとか言っていたが。
(数枝) 睦子をおぶって?
(伝兵衛) そうだろう。
(数枝) 重いでしょうにねえ。あの子は、へんに重いのよ。いやにおばあちゃんになついてしまって、いい気になってへばりついてる。
(伝兵衛) お前の小さい時によく似ている。(改まった顔つきになり、強い語調で)あさは、あの子をほしいと言ってい…

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