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旅へ出て
たびへでて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十八巻(習作一)」 新日本出版社
1981(昭和56)年11月25日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-09-05 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     旅へ出て

 四月の三日から七日まで私は東北の春のおそい――四方山で囲まれた小村の祖母の家へ亡祖父の祭典のために行った。
 見たままを――思ったままを順序もなく書き集めた。
 四日の旅をわすれたくないので――。

利根川の青き水の面に白き帆の
   水鳥の如舞ひつゝも行く

荒れし地を耕す鍬の手を止めて
   汽車の煙りを見守れる男

田舎道乗合馬車の砂煙り
   たちつゝ行けば黄の霞み立つ

赤土に切りたほされし杉の木の
   静かにふして淡く打ち笑む

白々と小石のみなる河床に
   菜の花咲きて春の日の舞ふ

水車桜の小枝たわめつゝ
   ゆるくまはれり小春日の村

白壁の山家に桃の影浮きて
   胡蝶は舞はでそよ風の吹く

なつかしき祖母の住居にありながら
   まだ旅心失せぬ悲しさ

なめげなる北風に裾吹かせつゝ
   野路をあゆめば都恋しや

らちもなく風情もなくてはゞびろに
   横たはれるも村道なれば

三春富士紅色に暮れ行けば
   裾の村々紫に浮く

昼も夜も風の音のみ我心を
   おとなひてあれば只うるみ勝

帰りたや都の家の恋しやと
   たゞひたぶるに思ひ居るかな

春おそきわびしき村に来て見れば
   桜と小麦の世にもあるかな

歌唄ひ物を書けども我心
   一つにならぬかるきかなしみ

訪ふ人もあらぬ小塚の若きつた
   小雨にぬれて青く打ち笑む

行きずりの馬のいばりに汚されし
   無縁仏の小さくもあるかな

那須の野の春まだ浅き木の元を
   野飼ひの駒はしづ/\と行く

浦若き黒の毛なみをうるほして
   春の小雨は駒の背に降る

あけの日も又あけの日も北風に
   吹きこめられて都のみ恋ふ

     吹雪の中を――

 東京では桜が満開だと云うのに私は此処に来るとすぐから吹雪に会わなければならなかった。
 はてしなくつづく広い畑地の間のただ一本の里道を吹雪に思いのままに苦しめられながら私は車にゆられて行った。
 私の行く道は大変に長く少しの曲りもなしにつづいて居る。
 小村をかこんで立った山々の上から吹き下す風にかたい粉雪は渦を巻きながら横に降って私の行く手も又すぎて来た所も灰色にかすんで居るばかりだ。
 私の車を引く男はもう六十を越して居る。細い手で「かじ」をしっかり握ってのろのろと歩くか歩かないかの様に進んで行った。
 そして時々ブツブツと何だかわけのわからない事をつぶやいた。
 不安と寒さに会ったいじけとで私はたよりない気持になった。
 逃げ出してあてどもない旅路を行く人の心をそのまんま私の心にうつした様に東京の私のこの上なく可愛がる本の奇麗な色と文字を思い出し日光にまぼしくかがやきながら若い楓の木の間を赤い椿の花のかげをとびまわって居る四羽の小鳩の事も思い出された。
 私は死ぬまでこの車にゆられゆら…

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