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正直ノオト
しょうじきノート
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「太宰治全集10」 ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成元)年6月27日
初出「帝国大学新聞 第七百六十六号」1939(昭和14)年5月15日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-04-22 / 2016-07-12
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 正直に言うことに致しましょう。私は、これから書こうとする小説、または、過去に於いて書いた小説の意図、願望、その苦心を、あまり言いたくないのです。それは、私の虚傲からでは、ないと思うのです。書いてみて、それが相手に受け入れられなかったら、もうどう仕様もないことですし、これから書こうと思っている小説を、どんなにパッションもって語っても、いまのところ私は、そんなに優秀の大傑作、書けないのが、わかっていますし、現在の私の作家としての力量も、たいてい見当がついていますし、だいいち私は、いま、もっと正直にならなければいけません。多くの作家が、身のほど知らずの抱負を、無邪気に語っているのを聞いていると、私はその人たちを、うらやましく思い、生きていることが、矢鱈に、つらく思われて来るのです。わかりますか? けれども私は、そんな作家たちを、決して拒否できないのです。
 私だって、薬を飲むときには、まず、その薬品に添附されて在る効能書を、たんねんに読んで、英語で書かれて在るところまであやしげな語学でもって読破して、それから、快心の微笑を浮べて、その優秀(と書かれて在る)薬品を服用し、たちどころに効きめが現われたような錯覚に落されて、そうして満足している状態なんですからね。効能書のない薬品なんて、絃の無いヴァイオリンみたいに、はかなく落ちつかない気が致します。効能書は、無ければ、いけないものなのでしょうね。
 けれども芸術は、薬であるか、どうか、ということになると、少し疑問も生じます。効能書のついたソーダ水を考えてみましょう。胃の為にいいという、交響楽を考えてみましょう。サクラの花を見に行くのは、蓄膿症をなおしに行くのでは、無いでしょう。私は、こんなことをさえ考えます。芸術に、意義や利益の効能書を、ほしがる人は、かえって、自分の生きていることに自信を持てない病弱者なのだ。たくましく生きている職工さん、軍人さんは、いまこそ芸術を、美しさを、気ままに純粋に、たのしんでいるのでは無いか。
「大デュマなんて、面白いじゃあないですか。ボードレエルの詩だって、なかなか変ったものですね。こないだ、なんといったかなあ、シュニッツラアとかいう人の短篇、読んでみましたけれど、あの人、うまいですねえ。」そうして、くったくなく、文学をたのしんでいるのです。こういう人たちには、効能書の必要は、あまり無いようですね。安心なものです。効能書を、必要とするのは、あなたがた(おゆるし下さい)病弱者だけなのです。しっかりして下さい。
 私は、不親切な医者かも知れません。私は、私の作品を、これは傑作だなんて、言ったことは、ありません。悪作だ、と言ったこともありません。それは、傑作でもなければ、悪作でもないのが、わかっているからです。少し、いいほうかも知れない。けれども、今までのところ、私は一篇も、傑作を書いていませ…

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