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美しく豊な生活へ
うつくしくゆたかなせいかつへ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日
初出「少女の友」1945(昭和20)年12月号
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-12-22 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この雑誌の読者である方々くらいの年頃の少女の生活は、先頃まではあどけない少女時代の生活という風に表現されていたと思います。そしてそれは、そう言われるにふさわしい、気苦労のない、日常生活の進行は大人にまかして、自分達は愉快に学校に通い、友達と遊び、すくすくと生成して行ってよいという生活だったと思います。けれども戦争が始まり、特に大東亜戦争が始まってから少女達の生活も大変な変化をしました。
 家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもあります。また学校の教育方針が急に変って、今までは自分の好きな髪に結って居ってもよかったのが、勇ましい髪形をしなければならなくなったり、千人針に動員されたことから次第に、動員の程度がひどくなって、終りには学校工場に働いたり、また実際に工場に行って暮したり、耕作したり、学課は殆ど出来ない状態でこの二年ほどが過ぎたと思います。
 少女時代の二年という時間は、大人の考えることも出来ないほど内容をもった二年ではないでしょうか。十四の娘さんが十五になり、十六になるということ、それはただ十四のものが二つ殖えて十六になったのではなくて、そこには十四であった少女の知らなかったどっさりの事、心もちが加って来ていて、自分らはもう十六であるという喜びと誇りと人世への待ちもうけとをもつようになっています。人生がほのぼのと見え始めて来た時代です。そのときに人間として高まって行くような勉強も、楽しみもない。工場で働いても其はあまり愉快に働いたとも云えない。過労をする。空腹になる。しかもあなた方はどうぞ立派な少女となって下さいといういたわりが、世間の空気から感じられるというのでもなく生活して来たということは、今日の少女たちの総ての人が分け合っている経験だと思われます。
 さて、恐ろしい戦は終りました。前線に行っていらした皆さんの御兄弟はお帰りになった方もあるでしょう。しかし決してもう二度と帰らない御兄弟を持った娘さんもあるでしょう。それから皆さんのお父さんも、徴用から解除され、或は復員になって家庭にお帰りになった方もあるでしょう。しかしまた決して二度と帰らないお父さんを持った方達も少くないでしょう。また帰っていらしても、戦争のために不具になって、娘としてまた妹としてその人達にいつも親切にして上げたい、何か幸福にして上げたいと思わずにいられないような状態で、新しい生活が始まっている方々も多いでしょう。
 社会の状態は大変早い勢いで変りました。今日では、みなが自由であるということ。生活を喜んで営むべきである。正しいと信じたことは、ちゃんと言い、又行うべきである。人間らしい生活を作るために色々の条件を改善して行くべきである。そういう声がどこでもきかれるようになりました…

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