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砂丘
さきゅう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-03-29 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 こまかいかげろうは砂の間からぬけ出したようにもえて居て海の色は黒いまでに蒼い、水と空と空の色、そのさかえからポッカリういたような連山の姿、いかにも春らしい、たるんだような、なつかしいような景色である。
 風は有っても砂をまきたてるほどでもないので丁度いいかげんにネルの躰を吹いて行く、こののどかなうきうきした娘のような景色の中を恥かしいほど重っくるしい陰気な心持で渚づたいに、別荘のわき、両方から砂丘がせまって一寸したくぼい形になって居るそこへ私は向って行く、悲しみと名づくべきほどのものでもなくて居て又たえがたい悲しさとなやましさに自分のつまさきばかり見て居た私の目に急にその二つならんだ一片の砂丘はいかにも大きなおかすことの出来にくいもののように見られた。それを見た時丁度、そうっと他人の懐中物をかすめたすりが通りすがりに監獄の垣を見てふるえるように私の心と躰は何とも云われない悪寒とふるえをおこした、けれども、なきながら「なんだい、なくもんか男だもの」と云う子供のそれのように強いてのつけ元気にザクリザクリと心地の好い砂の音にそれをわすれるようにと思って歩いた。段々近よって段々いやな思をさせる砂丘のはじから中の窪地を見ると、居た女は! 今日逢って何を云われるのか、自分に対してどんな考を持って居るか、
 こんな事は、一向考えずと好い事なんだ、と云うようにのんきらしく棒のような足を二本つんと前に張ってコーモリを立てて日にてらされる右の方をかばいながら海を見て居る。
 私はそこに立ちすくんだようになって、そのたるんだ皮膚や、考のないことを明らさまに表して居る眼、口元などを一わたりズーと見つめた後今までの事をズーと考えて見た。私はあの女の無邪気にハキハキとして居て男気が有り、わり合に考も有って男の手管にまかれるような事は一度もない、
 と云う事をきいてまだ言葉も交わさない内、まだかおも見ない内から少なからず動かされ、或る特別なような好奇心に動かされて居た。
 始めて彼の女を□けた女、今までに一辺も見た事のないような張の有る、力のみちみちた、はきはきした口振の彼の女を見てどんなによろこんだ事だろう。
 それから、妙なわけになって居るが段々その力つよさと男気の有るのが消え始めた。それでも私は、自分のたよりにするものが出来た気の張りのゆるんだため、あの心地好いツンツンした素振も、ハキハキした口のききかたも忘れてしまったものだろうと少しは喜びも交って心の中に育って居た。それから後も、その人が変ったようになってからも度々あったが別にそれほどいやな、毛虫にさわるような心持にはならなかった。それが今日、今、たった今、あの女のかおを見ると、あのだらけた皮膚の色と、いくじなさそうな様子とが毛虫よりいやに思われて来た、そうし敵でも見るように、そのかおの筋肉の一寸した動揺でも見のがしてなるもの…

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