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繊細な美の観賞と云う事について
せんさいなびのかんしょうということについて
作品ID16012
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第三十巻」 新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日
入力者柴田卓治
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-03-31 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「春」と云う名のもたらした自然の賜物の中にすべての美がこめられて私達の目前に日毎に育って居る。
 晴ればれと高い空を見ながら木蓮の白い花が青と紫の中に浮いて居るのを見ながら、私の心は驚くばかりの美を感謝もし讚えても居る。
「美」と云うものを幾度も幾度も口に云い筆先に現わすのはあんまり好い事ではないかもしれないけれ共私はだまって居る事は出来ない。
 嬉しい時に小声な歌を唄いたくなる様に低く小さくそしてつぶやく様にでも私は何か云わなければならない気持になって居る。
 すべての物の美くしさと云うものは、
 大きくまとまった美くしさ  と、
 相当に細っかい美くしさ  と、
 又は一目見ては人の心に何にも与えない様なものの中に棲む美くしさ、
と云うものが有ると思う。
 この分け方は極く大ざっぱなことだけれ共、その中にも亦色彩によって感じる美くしさ、連想によって美くしいと思うものなどがどの美くしさと云う中にも入って居ると思う。
 すべて大きくまとまった美と云うものは、多くの場合その色彩の工合で美くしいとも思い又は腹立たしいほど見っともなくも見えるものである。
 私達のみなりに対する注意と用意が必要で、又他人の身なりを見る時と同じ気持がいるものだと思う。
 かなり細っかい美くしさ――私はわざとここにかなり細っかいと云う言葉が必要だと思うから入れる――に於て我国古来の刺繍、蒔絵などは成功して居ると思う。
 一目見ては人の目を引かないものの中にひそむ美は、私がこの上もなく大切にも思い又嬉しくも思って居る美くしさである。
 この美に対して私は無条件な細かな美と云う事が出来る、繊細な美と云う事が出来る。
 極く精巧な細っかい美くしさではあっても、偉大な魅力と威をもって我々の上に高く輝いて居るものである。
 この美は多くの場合には自然の中に生きて居る、そしてどこにでもかしこにでも行きわたって居るものである。
 何事につけても柔かくシンナリとあつかって呉れる母親と同じ様に、この美は我々の心を笑わす事も涙をこぼさせる事も出来る力を持って居ると云う事を私は信じ私に対してはまったくそうなのである。
 こけおどしの利く勿体ぶった美のかげには常に何となくギスギスした、又人間で云って見れば「カブト町」に住んで居る四十近くの男の様に投機めいた様子のあるものを抱えて居る。
 しかし私の思う美くしさばかりは、どこの面をのぞいてもそう云う不快さは持って居ない。
 すなおに――しとやかに――さりながらやたら無精にかきまわす事の出来ない厳かさを持って居る。
 私達から進んで行ってその美に一致する事は出来ても、美の方から我々の心に入って来ない見識を持って居るのも勿体ぶった美くしさの向うから進んで私達に近づいて来るのとはまるで違って尊いものである。
 この美の我々の手になったものにあまりなくて大抵の時は自然の…

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