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遺書
いしょ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「芥川龍之介全集 第二十三巻」 岩波書店
1998(平成10)年1月29日
入力者もりみつじゅんじ
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-07-24 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 僕等人間は一事件の為に容易に自殺などするものではない。僕は過去の生活の総決算の為に自殺するのである。しかしその中でも大事件だつたのは僕が二十九歳の時に秀夫人と罪を犯したことである。僕は罪を犯したことに良心の呵責は感じてゐない。唯相手を選ばなかつた為に(秀夫人の利己主義や動物的本能は実に甚しいものである。)僕の生存に不利を生じたことを少からず後悔してゐる。なほ又僕と恋愛関係に落ちた女性は秀夫人ばかりではない。しかし僕は三十歳以後に新たに情人をつくつたことはなかつた。これも道徳的につくらなかつたのではない。唯情人をつくることの利害を打算した為である。(しかし恋愛を感じなかつた訣ではない。僕はその時に「越し人」「相聞」等の抒情詩を作り、深入りしない前に脱却した。)僕は勿論死にたくない。しかし生きてゐるのも苦痛である。他人は父母妻子もあるのに自殺する阿呆を笑ふかも知れない。が、僕は一人ならば或は自殺しないであらう。僕は養家に人となり、我儘らしい我儘を言つたことはなかつた。(と云ふよりも寧ろ言ひ得なかつたのである。僕はこの養父母に対する「孝行に似たもの」も後悔してゐる。しかしこれも僕にとつてはどうすることも出来なかつたのである。)今僕が自殺するのは一生に一度の我儘かも知れない。僕もあらゆる青年のやうにいろいろの夢を見たことがあつた。けれども今になつて見ると、畢竟気違ひの子だつたのであらう。僕は現在は僕自身には勿論、あらゆるものに嫌悪を感じてゐる。
芥川龍之介
 P.S. 僕は支那へ旅行するのを機会にやつと秀夫人の手を脱した。(僕は洛陽の客桟にストリントベリイの「痴人の懺悔」を読み、彼も亦僕のやうに情人に[#挿絵]を書いてゐるのを知り、苦笑したことを覚えてゐる。)その後は一指も触れたことはない。が、執拗に追ひかけられるのには常に迷惑を感じてゐた。僕は僕を愛しても、僕を苦しめなかつた女神たちに(但しこの「たち」は二人以上の意である。僕はそれほどドン・ジユアンではない。)衷心の感謝を感じてゐる。

       わが子等に
 一人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず。
 二従つて汝等の力を恃むことを勿れ。汝等の力を養ふを旨とせよ。
 三小穴隆一を父と思へ。従つて小穴の教訓に従ふべし。
 四若しこの人生の戦ひに破れし時には汝等の父の如く自殺せよ。但し汝等の父の如く 他に不幸を及ぼすを避けよ。
 五茫々たる天命は知り難しと雖も、努めて汝等の家族に恃まず、汝等の欲望を抛棄せよ。是反つて汝等をして後年汝等を平和ならしむる途なり。
 六汝等の母を憐憫せよ。然れどもその憐憫の為に汝等の意志を抂ぐべからず。是亦却つて汝等をして後年汝等の母を幸福ならしむべし。
 七汝等は皆汝等の父の如く神経質なるを免れざるべし。殊にその事実に注意せよ。
 八汝等の父は汝等を愛す。(若し汝等を愛せざらん…

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