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西大寺の伎芸天女
さいだいじのぎげいてんにょ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 西日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
初出「新小説」1908(明治41)年10月
入力者林幸雄
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-04-01 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は西大寺をたづねて、一わたり愛染堂の寶物を見終つた。
「寶物はもうこれでお終ひどす。」
と、ぶつきら棒に言ひすてたまま、年つ喰ひの、ちんちくりんな西大寺の小僧は、先へ立つてさつと廊下へ出掛けて行つたが、つとまた後がへりをして、
「あ、忘れとりました。此處におゐでやすのが、伎藝天女さんどす。」
 薄闇い片隅に向き直つて、小生意氣に大人のやうにぐつと顎をしやくつて見せる。
 それは佛像だの、位牌だの、ごたくさと置き竝べたなかに、煤塗れになつたちつぽけな御厨子で蝶番ひの脱れかかつた隙間から覗いてみると、何やら得態の分らぬ佛體がつくねんと立つてゐる。屈み腰になつてじつと見入らうとするのを、突立つたままもどかしさうに見てゐた小僧は、さすがに氣の毒になつたかして、
「あ、一寸好い事がおすさかい。」
と言つて、すばしこく香盤の側へ飛んで行つたかと思ふと、にこにこもので燐寸を弄くりながら歸つて來た。默つて一本を磨ると、黄いろい光明がぱあつとあたりに射した。
 塗の剥れかかつた扉の影を半身に受けながら、輪郭のはつきりした顏が、くつきりと御厨子の暗に浮出して來た。切長の眼は心もち伏目に、ひ弱な火影の煽るに連れて、おどおどした、どうやら少しはにかんだ調子が見える。私はその容子が知人の誰かに似てゐるやうに思つて、まじまじと見入つてゐると、火は容赦なく段々と手元に燃え移つて來たかして、小僧は、
「あつ………………」
と仰山に叫んで、慌てて指につまんだ燃えさしを取り落したので、佛の顏はまたもうす暗い闇ににじみ込んでしまつた。
 灯はまた點された。
「どうぞこころもち下げて…………」
と言ふと、小僧は面倒臭いといつた風に、ぐいと手元に押下げる。
 …………胸から腰へかけての肉づきは、ふつくりとして如何にも氣持がよい。名高い秋篠寺のそれとは異つて、これは定つた型のやうに左手に天華を捧げ、右手はずつと膝に垂れて、心もち裾をからげてゐる。やはらかい衣の皺襞はするりと腰を滑つて、波のやうに足もとに流れてゐる。色彩の配合を見ようとして、煤ばんだ扉に額を押付けると、灯はまた消えかかる。臆病な小僧はやにはに燃殼を振り捨ててしまつた。――うす暗い闇に黴臭い香氣が、微かに鼻に沁み込んで來る。
 私の見たところでは、この佛には別に際立つてこれといふ程の秀れた技術も無ければ、人の心を引き入れるやうな力にも乏しい。が、それでも一度は人間の生活と技能の力の源泉となつた事もあつたのである。しかし今となつては、その力のすべてはまたもとの人間自らに歸つて來て、人はもうさげすんだといつた風な――さうでなくとも、詰らないといつたやうな眼つきをして、この佛達に向ふやうになつて來た。思ふに人間には永久に若からうとする心の傾向が有る。偶像破壞はこれに伴ふ必然の努力で、私達の生活とその周圍とを通じて、どんな時にも、どんな處にも…

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