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黄金の枕
おうごんのまくら
作品ID1617
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中国の怪談(一)」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年5月6日
入力者Hiroshi_O
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2003-10-06 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 辛道度は漂泊の旅を続けていた。着物は薄く懐中は無一物で、食物をくれる同情者のない時には水を飲んで餓えを凌ぎ、宿を貸してくれる処がなければ、木の葉を敷いて野宿をした。そうした窮乏の中にあっても、彼は決して気を腐らさなかった。彼の前途には華やかな着物を着た幸福が見えていた。要するに彼は若かった。
 雍州城の西門から五里ぐらい北の方へ往った。侘しい夕方であった。道度はその日も朝から水以外に何も口にしていないので、物をくれそうな素封家の家を物色して歩いた。畑の中や森陰に当って、民家の屋根がぼつぼつ見えていたが、入って往こうと思うような家はなかった。しかし、そんな目に毎日のように逢っている彼は、別にあわてもしなければ悲観もしなかった。今にどこかいい処が見つかるだろうぐらいの気もちで、平気な顔をしてのそのそと歩いた。
 ちいさな野川の土橋を渡って、雑木の黄葉した台地の裾について曲って往くと、庁館がまえの大きな建物が見えてきた。
「やっといい処が見つかったぞ」
 道度はその門の方へ往った。門口に女中らしい女が立っていた。あたかも彼が往くのを待っていてくれるように。
 道度は女の前へ往った。女は人懐かしそうな顔をしていた。
「私は隴西の書生で辛道度という者ですが、金がなくなって食事に困っております、御主人にお願いして食事をさせていただきたいのですが、お願いしてくれませんか」
「あ、御飯を、では、ちょっと、待っていらっしゃい、願ってあげますから」
 女は気軽く言って門の中へ入って往った。道度は石に腰を掛けて待っていた。
 間もなくかの女が引返してきた。
「そうした方なら、今晩泊めてあげてもいいとおっしゃいますから、お入りなさい、ここの御主人は御婦人ですよ」
 道度は礼を言いながらその後に従いて家の中へ入った。赤く塗った柱、緑色の壁などが彼にいい気もちを起さした。
「御主人は、こちらにおいでなさいます」
 女は扉を開けた。道度はきまりが悪いのでもじもじしながら入った。
 室の真中には、体のほっそりした綺麗に着飾った女が牀に腰を掛けていた。室の隅ずみには雲母の衝立がぎらぎら光っていた。道度は遠くの方からおじぎをした。
「この方が、今、お願いした、書生さんでございます」
 女はこう言って主婦に紹介した。
「さあ、どうぞ、この家は私一人でございますから、御遠慮なさることはございません、そこへお掛けくださいまし、すぐ何か造えさしますから」
 主婦はちょっと腰を浮かして、自個の前の牀へ指をさした。
「は、私は隴西の者で、辛道度と申します、こうして、遊学しておりますが、路用が乏しいものですから、皆様に御厄介になっております、突然あがりまして恐縮します」
 道度はまぶしいような顔をして立った。
「そのことは、もう、これから伺っております」
 と、言って主婦は女の方をちらと見た。
「さあ、そ…

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