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殺神記
さつじんき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中国の怪談(一)」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年5月6日
入力者Hiroshi_O
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2003-10-06 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 唐の開元年中、郭元振は晋の国を出て汾の方へ往った。彼は書剣を負うて遊学する曠達な少年であった。
 某日、宿を取り損ねて日が暮れてしまった。星が斑に光っていた。路のむこうには真黒な峰が重なり重なりしていた。路は渓川に沿うていた。遥か下の地の底のような処で水の音が聞えていた。鳥とも蝙蝠とも判らないようなものが、きい、きい、と鋭い鳴声をしながら、時おり鼻の前を掠めて通った。
 夜霧がひきちぎって投げられたように、ほの白くそこここに流れていた。車の轍に傷めつけられた路は一条微赤い線をつけていた。その路は爪さきあがりになっていた。高い林の梢の上に微な風の音がしていた。
 路は小さな峰の上へ往った。路の上へ出ると元振はちょっと馬を控えた。黒い山の背がやはり前方の空を支えていた。暗い谷間の方へ眼をやった時、蛍火のような一個の微な微な光を見つけた。
「人家だ」
 元振は眼を輝かした。人家ならどうにでも頼んで、一晩泊めて貰おうと思った。
 馬は勾配の緩い路を静かにおりはじめた。今のさきまで人家のある処まで往こうと思って、それがために気を張っていた少年は、人家を見つけると共に疲労を覚えてきた。彼は早くその家に往き着こうと思って馬を急がした。
 支那の里程で三里ばかり往ったところで、目的にして往った明りがすぐ眼の前にきた。そして、人声は聞えないが何か酒宴でもしているように、室の中から華やかな燈火の光が漏れていた。
 元振は馬からおりて、それを門口の立木に繋いで門を入った。家の中はしんとして何の音も聞えなかった。元振は入口の戸を静に叩いた。応もなければ人の出てくる跫音も聞えない。で、今度は初めよりも強く力を入れて叩いた。それでも中へ聞えないのか応がなかった。
「もし、もし、お願いいたします」
 元振は声をかけてまた戸を叩いたが、依然として応がないので、彼は中へ入って声をかけるつもりで戸に手をかけてみた。戸はがたがたと軋りながら開いた。元振は中へ入った。明るい燈火がその室にも点いていたがやはり人はいなかった。
「もし、もし、すこしお願いいたしたいのですが」
 元振は大声をした。それでも応もなければ人の出てきそうな気配もない。元振は首を傾げて考えたが意味が判らなかった。
「何人もいらっしゃらないのですか」
 元振はまた言って暫く立っていたが、依然として応がなかった。元振はいつまでも立っている訳にゆかないので、思いきって上へあがった。
 酒宴の準備をして数多の料理を卓の上へ並べた室が見えた。元振はその室の入口へ立って中を窺いた。そこにも人影がなかった。全体こうして酒宴の準備をしておいて、家内の者はどこへ往ったのだろう、ついすると次の室へ集まって、酒宴の前に何か話でもしているかも判らないと思った。彼はその室へ入らずに廊下のような処を通って次の室へ往った。
 力のない声で泣いている泣声が聞…

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