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太虚司法伝
だいきょしほうでん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中国の怪談(一)」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年5月6日
入力者Hiroshi_O
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2003-08-18 / 2014-09-17
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 馮大異は上蔡の東門にある自分の僑居から近村へ往っていた。ちょうど元の順帝の至元丁丑の年のことで、恐ろしい兵乱があった後の郊外は、見るから荒涼を極めて、耕耘する者のない田圃はもとの野となって、黄沙と雑草が斑ら縞を織っていた。兵燹のために焼かれた村落の路には、礎らしい石が草の中に散らばり、片側が焦げて片側だけ生きているような立木が、そのあたりに点在して、それに鴉のような黒い鳥が止まって侘しそうに鳴くのが聞かれた。
 斜陽に影をこしらえて吹いてくる西風が、緑の褪せた草の葉をばらばらと吹き靡かせ、それから黄沙を掻きまぜて灰のような煙を立てた。その風に掻きまぜられた沙の中から髑髏や白骨が覗いていることがあった。しかし、才を恃み物に傲って、鬼神を信ぜず、祠を焼き、神像を水に沈めなどするので、狂士を以て目せられている大異には、そんなことはすこしも神経に触らなかった。
 ただ大異の困ったのは、目的地がまだなかなかこないのに日が暮れかかって、宿を取るような人家のないことであった。大異は普通の人のようにあわてはしないが、寒い露の中で寝ることは苦しいので、どんな小家の中でも好い、また家がなければ野祠の中でも好いから、一泊して明日ゆっくり往こうかと思い思い、眼を彼方此方へやっていた。
 森があり、丘があり、遥かの地平線には遠山の畝りがあったが、家屋の屋根らしい物は見当らなかった。大異はそれでももしや何かが見つかりはしないかと思って、注意を止めなかった。薄い金茶色をして燃えていた陽の光がかすれて風の音がしなくなっていた。大異は西の方を見た。中の黒い緑の樺色をした靄のような雲が地平線に盛りあがっていて、陽はもう見えなかった。
 鴉の声が騒がしく聞えてきた。大異はもうあわててもしかたがないから、このあたりで一泊しようと思った。栢の老木が疎らな林をなしているのが見えた。騒がしい鴉の声はその林から聞えていた。木の下なれば草の中に寝るよりはよっぽど好いと思った。大異は林の方へ往った。
 林の外側に並んだ幹には残照が映って、その光が陽炎のように微赤くちらちらとしていたが、中はもう霧がかかったように暗みかけていた。大異は林の中へ入ってすぐそこにあった大木の根本へ坐って、幹に倚っかかり、腰の袋に入れていた食物を摘みだして喫いはじめた。
 [#挿絵][#挿絵]の鳴く声が鴉の声に交って前の方から聞えてきたが、どこで鳴いているのか場所は判らなかった。ふおうふおう、ふうふう、ふおうふおうというように鳴く[#挿絵][#挿絵]の声の後から、また獣の鳴くような声も聞えてきた。心に余裕のある大異は、うっとりとそれらの声を聞きながら食事をしていた。
 頭の上の方で騒がしく鳴いていた鴉が、急に枝葉をかさかさいわしながらおりてきはじめた。五羽、十羽、二十羽。それが鳴きながら一方の跂だけで地べたをとんとんと飛ぶのもあれば…

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