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黄英
こうえい
作品ID1656
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中国の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年8月4日
入力者Hiroshi_O
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2003-08-18 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 馬子才は順天の人であった。その家は代々菊が好きであったが、馬子才に至ってからもっとも甚しく、佳い種があるということを聞くときっと買った。それには千里を遠しとせずして出かけて往くという有様であった。
 ある日、金陵の客が来て馬の家に泊ったが、その客が、
「自分のいとこの家に、佳い菊が一つあるが、それは北の方にはないものだ」
 と言った。馬はひどく喜んで、すぐ旅装を整えて、客に従いて金陵へ往ったが、その客がいろいろと頼んでくれたので、二つの芽を手に入れることができた。馬はそれを大事にくるんで帰ってきたが、途の中ほどまで帰った時、一人の少年に逢った。少年は驢に乗って幕を垂れた車の後から往っていたが、その姿がきりっとしていた。だんだん近くなって話しあってみると、少年は自分で陶という姓であると言ったが、その話しぶりが上品で趣があった。そこで少年は馬の旅行しているわけを訊いた。馬は隠さずにほんとうのことを話した。すると少年が言った。
「種に佳くないという種はないのですが、作るのは人にあるのですから」
 そこでいっしょに菊の作り方を話しあった。馬はひどく悦んで、
「これから何所へいらっしゃるのです」
 と言って訊いた。少年は、
「姉が金陵を厭がりますから、河北に移って往くところです」
 と答えた。馬はいそいそとして言った。
「僕の家は貧乏ですが、榻を置く位の所はあります、きたなくておかまいがなけりゃ、他へ往かなくってもいいじゃありませんか」
 陶は車の前へ往って姉に向って相談した。車の中からは簾をあげて返事をした。それは二十歳ばかりの珍しい美人であった。女は陶を見かえって、
「家はどんなに狭くてもかまわないけど、庭の広い所がね」
 と言った。そこで陶の代りに馬が返事をして、とうとういっしょに伴れだって帰ってきた。
 馬の家の南に荒れた圃があって、そこに椽の三四本しかない小舎があった。陶はよろこんでそこにおって、毎日北の庭へきて馬のために菊の手入れをした。菊の枯れたものがあると、根を抜いてまた植えたが、活きないものはなかった。
 しかし家は貧しいようであった。陶は毎日馬といっしょに飯を喫っていたが、その家の容子を見るに煮たきをしないようであった。馬の細君の呂は、これまた陶の姉をかわいがって、おりおり幾升かを恵んでやった。陶の姉は幼名を黄英といっていつもよく話をした。黄英は時とすると呂の所へ来ていっしょに裁縫したり糸をつむいだりした。
 陶はある日、馬に言った。
「あなたの家も、もともと豊かでないのに、僕がこうして毎日厄介をかけているのですが、いつまでもこうしてはいられないのです、菊を売って生計をたてたいとおもうのですが」
 馬は生れつき片意地な男であった。陶の言葉を聞いてひどく鄙んで言った。
「僕は、君は風流の高士で、能く貧に安んずる人と思ってたが、今そんなことを言うのは…

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