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栄螺
さざえ
作品ID1666
著者田畑 修一郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆18 夏」 作品社
1984(昭和59)年4月25日
初出「新風土」1940(昭和15)年8月
入力者砂場清隆
校正者Tomoko.I
公開 / 更新2000-11-04 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私はもう何年か夏の海に遠ざかっている。海で泳ぐ快味は忘れはしないが段々縁がなくなるようだ。私は日本海沿岸に近い所に生れたので、幼い時から夏になると殆ど毎日のように海へ入った。
 私の生れた地方は中国地方の花崗岩の地質のためか、海岸はいわゆる白砂で、水もきれいだ。東京で羽田の潮干狩に行って汚いのにこりた。そのためもあるが、東京に住みついてから十一年ばかりまだ附近の海水浴場へ出かけたことがない。
 四五年前にたった一夜、思いがけないことから海に入った。うちの女の子が小学校の夏季生活で外房州の千倉へ行っていたのだが、病気だという電報が来たので慌てて出かけた。この娘は三つの時に疫痢をやって死にかかったことがあるので、てっきりそれに近い病気だと思った。いろいろ心配しながら着いてみると、下駄をはいて友達とそこらを歩いている。あっけにとられた。その年はひどい暑さだったが、千倉は殊に暑さがはげしいように感じた。あまり丈夫ではないので、疲労熱を出したのらしい。
 安心したのと、ついでだからと言うので、その晩は子供達の食堂に泊めてもらった。他に父兄が二人いた。私は慣れない所だったので、その晩とうとう眠れなかった。しかし、朝になるとかっと暑くなって来て、何だか気が立っていたせいだろう不眠も何ともなく感じた。その日夕方まで、私は海で時間を過した。
 防波堤で小さな湾がつくられ、その外へ泳いで出ると、浪はかなり高く持上って顔にぶつかって来る。岩もたくさんあった。浪のつよい時に岩の間を泳ぐのは多少危い。岩に身体を打ちつけられるのだ。しかし、私は幼い時から馴染んで来た田舎の海を思い出して気持がよかった。ふわりと高く持上げられたり、低く落しこまれたりしながら、何もない沖の方を向いて泳いで行くのはいいものだ。それからあの軽く柔い水の肌ざわり、底が白い砂地だと浪のゆらめきにつれていくつもの細い光りの皺が下できらめく。
 日本海では土用波はない。しかし、沖が荒れているときにはかなり浪が高くなる。こういうときはあまり気持はよくないが、それでも沖へ向って泳いで出たものだ。高くなったり、底の方に低まったり、その度に陸が一望の中に眺められたかと思うと、急に頭の上の空だけになる。沖からかなりな奴が頭を持ち上げて、脅かすように段々と近まって来る。見当で、乗り切れるかどうかを見る。中にはゆるくやって来て、いきなり頭の上から捲きこむやつがある。こいつでかいなと思うと、迫って来る浪のまん中をめがけてまっすぐ棒のように潜って突き抜けるのだ。でないと、捲きこまれて、水の中で揉まれてしまうのである。
 まあこういう時は岩場は危くて近よれないのだ。しかし、浪の静かな時は岩のところにばかり出かけた。栄螺、あわびを採るのである。あいつの巣を見つけることさえできれば、こんなに楽にとれるものはない。私はいつも友人の二三人で出か…

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